飛翔

日々の随想です

2014-05-01から1ヶ月間の記事一覧

認知症二つの療法

認知症の方を介護されているご家族や介護士さんたちは、日々大変なことが多いことでしょう。 私も舅、姑が認知症になり介護の大変さは身にしみて知っているつもりです。 今、認知症の方のお話相手として、関わっていて、気がつくことが多いです。 中でも、環…

玉ねぎ恋い唄

玉ねぎ恋い唄 女泣かせの罪な奴 するりと服を脱ぎさりて 白き裸身も切れ切れに 水に放てば麗しく 女の涙もそこそこに 甘く とろける身のこなし 今宵も汝(な)を恋(こ)う 諸人(もろびと)に 黄金(こがね)のオリーヴ滴(したた)らせ 鍋の中にて湯あみす…

うすべに色の迷い

女が女であると意識する時は薄物をはおるときではなかろうか。 肌がすけてみえる瞬間、えもいわれぬ美がかもしだされる。そしてそれを脱ぐときはさらになまめく。 そんな女のナルシズムを歌ったのは松平盟子である。 ・ランジェリーすべりおちゆくたまゆらの…

pink slipって?

いろいろなものを片付けていたら、ピンクの封筒がでてきた。昔、塾で教師をしていたときの生徒からのものだった。 卒業するとき、いままでの授業の感想や私へのメッセージを生徒一人一人に書いてもらうことにしていた。 「先生の授業はとっても面白かったし…

決して失われないもの

小学校の高学年になった頃のことだった。 私は大怪我をおって家に帰ってきたことがあった。母はいきなり私を抱いて胸をはだけて乳をふくませた。 母の膝からはみ出るほど大きななりをして、私は泣きながら母のおっぱいを吸った。 大きな私になぜそんなことを…

一流の人に学ぶ

異文化交流とでも言おうか、いろいろな業種の人にお目にかかる機会に恵まれた月日だった。 女性誌の創刊号にあたって、世界各国の名士と言われる人を招聘し講演会が東京の帝国ホテルで開かれた。 その中のお一人がナンシー・キッシンジャーさんであった。ナ…

「花子とアン」と「君死にたまふこと勿れ」

朝の連続ドラマ「花子とアン」で、花子の兄、吉太郎が軍隊に志願しようとしたとき、蓮子が吉太郎に渡した本は明治37年9月、「明星」誌上に発表した「君死にたまふこと勿れ」である。 当時与謝野晶子は「君死にたもうことなかれ」と出征していく弟を詠った…

「夜明け前の暗闇が一番暗い」

ここ十数数年間、肉親の死を体験し、悲しみにもがいて苦しんできた。特に最愛の母をうしなったことは身を切られる以上につらく慟哭(どうこく)した。 その時、『夜と霧』を再読した。夜と霧 新版ヴィクトール・E・フランクルみすず書房夜と霧――ドイツ強制収…

明治の人の心意気とカブトビール

明治時代に、大都市をひかえた既存4大ビールメーカーに挑戦した一地方都市のビール会社がありました。 そのビールとはカブトビール。明治33年のパリ万博で金賞に輝いたビールです。 今となっては幻のビールとなってしまいましたが、その工場は、半田赤レンガ…

鳥になれ、心を解き放って

(写真はサハラ砂漠を行くキャラバン(2007年撮影)) いつも見慣れているはずの青い空を実はそんなにいつも見ていないことに気づく。 アスファルトの裂け目を破るように一輪の花がさいているのを見つける時、そのけなげさや、たくましさに突き動かされる。 人…

割烹着と糠(ぬか)どこ

子供の頃、私は「キュウリ夫人」というあだ名だった。名付け親は母である。母のぬか漬けのきゅうりが大好きで、これがないと不機嫌な子だったからだ。 台所の床板を二、三枚はずすと、大きなぬか漬けの甕(かめ)があった。きゅうりや茄子、蕪(かぶ)など季…

丈山苑

江戸時代の初め、武士を捨てた石川丈山が京都一乗寺に終の棲家として建てたのは詩仙堂である。その丈山は、詩仙堂のイメージを生誕地である愛知県安城市、和泉の地に再現したのが「丈山苑」である。 美しい庭園は京都の詩仙堂、東本願寺、渉成園(しょうせい…

春野菜のテリーヌ

春野菜でテリーヌを作ってみました。 春キャベツ、グリーンアスパラ、ホワイトアスパラ、オクラ、にんじん、エビ、ズッキーニ、スモークサーモンです。

言葉遣いは心遣い

子供の頃、近所に「くず屋」と呼ばれる人がいた。いらなくなった新聞やぼろきれなどを集めることを生業(なりわい)にしている。 子供がたくさんいて、廃屋のようなところに身を寄せあうように住んでいた。 その人が時々、ボロ切れや、いらない新聞はないか…

アンパンとおじさん

一番厄介なことは自分との折り合いがつかなくなるときかもしれない。 どうしようもない自分との相克に苦しんだ時期は私にもあった。東京からひなびた土地に嫁いだ頃のことだ。苦しみは自分の弱さとの戦いである。 日の光を見るのが怖くなって、昼間でも雨戸…

フロイスの見た戦国日本

フロイスの見た戦国日本 (中公文庫)川崎 桃太中央公論新社 ヨーロッパの十五、六世紀は大航海時代と呼ばれ、富と領土獲得を求め発見の世紀であった。 そんな時代に日本もヨーロッパ人により発見された。しかし、それは領土獲得でなく、布教の情熱に燃える宣…

形見の指輪

子供の頃、母の手のしわをこすったり、のばしたりしてみたことがあった。 病弱な母は、四十歳の時私を産んだ。 クラスのどの母親よりも老けていた母。 友達の若い華やかなお母さんが羨ましかった。 母は、 出しゃばったり、自慢げな態度を恥としてきた。慎ま…

日曜日なのに

日曜日で「母の日」なのに通訳の仕事で4時間も缶詰になってしまった。たったの10分間の休憩だけ。 過酷な商売です。

「母の日」に想う

わが家の庭には想い出深い木が一本ある。 木瓜(ボケ)の木だ。 花は白地にほのかな淡い赤がにじむように咲いて美しい。 入院している母に庭の木瓜(ボケ)の花を一枝とって持っていった。 花瓶にいけるとそこだけがあっというまにわが家の庭と化した。 「家…

初夏の風に吹かれて

毎日、受験生のように英語と格闘している。 耳からは英語のCDを流しっぱなし。集中力がなくなると、麦わら帽子をかぶって庭にでて初夏の風に吹かれながら英語の資料を読み込む。 足が楽なように足乗せ用のオットマンを夫が持ってきてくれる。ついでにコーヒ…

一日「腹セラピー」

70カ国の人たちが集まる国際会議の通訳に備えて毎日徹夜に近く資料作りをして頭に叩き込む作業をしている。連休は休めと夫に言われて思い切って休養をとることにした。 名古屋市内でおいしいイタリアン料理に舌鼓を打ち、 次はあちこちで美味しいスイーツを…

母の無償の愛

子供のころから人間が好きで、興味があった。我が家を訪れるさまざまな人を観察するのが面白かった. 政財界の大物から、ジャーナリスト、罪を償ってでてきた人まで、さまざまな人が我が家に出入りした。 どんな人にも公平に優しく接する母を慕って来た人の中…

五月の花たち

連休の今日、天気晴朗、風は爽やか。 窓からは爽やかな初夏の風が吹いてくる。雨のあとの庭には雑草が勢いを増してきた。 塀ぎわに植えてあるツツジが白、ピンク、赤と咲き乱れ、白いハナミズキが咲き終わりを告げるように、緑の葉が茂り始めた。 塀の下には…

心の扉を開く法

人は自分の心の奥底にあるものを、いつ、どのようにして表わすのだろうか? もしかしたら一生自分の心の奥底をさらけだすことなく、うっせきした気持ちがストレスとなって心を重くして生涯を終える人もいるかもしれない。 私の場合はどうだろう。ある時期か…

「「母の日」とぼた餅」

中学の同窓会があるという手紙がきた。 小学校のクラス会には一度だけ出席したことがある。逢う人逢う人、口をそろえて「お母さん、元気?」と聞いてきた。 クラスの友だちを家に呼ぶと母はいつもおいしい手作りのおやつをだしてくれた。 器も子供だからと言…