飛翔

日々の随想です

『子育てをうたう』松村由利子著

核家族や、シングルマザーが多くなった昨今、子育てでとまどい、悩みを抱えても相談する人がない状態が続いている。
 本書は子育ての中から生まれた様々な短歌、妊娠した時のまだ見ぬ子への思い、泣き止まぬ子、子を叱る自分への苛立ち、抱っこ、など、子供を授かった時から、子育てまでの日々の歌を紹介している。
 読みながら、子育てのヒントを見つけたり、時には「あヽそうそう」と思い、ほっと心が潤い、慈しみや、優しさで満たされていく。
 それは歌の中に、自分の子供を見、親の自分を見つけ、喜びや苦労に深く共感し、慰撫され、心を温められるからだろう。

 実際に働くシングルマザーだった著者がそれぞれの歌に寄り添った思いが語られるのも、本書の大きな魅力である。
 わずか三十一文字の中に、凝縮された母の思いや、若い父の声、言葉を覚えたばかりの幼子の言葉が生き生きと、読む者の心に響く。

 
・身の奥にまだ開けられぬ一通の手紙あり遠く産月おもふ (小島ゆかり
・ママも老いて死ぬよといへばつくづく子供は泣けり銀の雨の夜米川千嘉子
・子の目から大粒のなみだを搾りだしいつまでわたしは怒鳴っているのだ(森尻理恵)
・誰かために働くわれかしろしろと冷える陶器に乳流しおり天道なお) 
・危ないことしていないかと子を見れば危ないことしかしておらぬなり俵万智

「あとがき」に、著者は

短歌をつくりはじめたきっかけは、息子の誕生だった。日に日に変わりってゆく赤ん坊の姿をとどめておきたくて、スナップ写真を撮るように歌にした。(略)
短歌によるスナップは、作者の思いばかりか、その瞬間の空気感や光の加減までを閉じ込め、決して色あせることがない。

とある。
 著者も自身の歌に励まされ、慰められてきたと述懐しているように、ここに収められている歌に多くの人が共感を得、励まされ、慰められ、子育てに力を得られることを願って本書の感想とします。
 私自身、この本を出産を控えている美容師さんに贈りたいと思っています。
 子育てを卒業なさった方も、是非当時を思い出し、心を温めていただきたいです。

 最後に新聞記者として働くお母さんであった著者の名歌を紹介して本書の紹介とします。
 ・愛それは閉まる間際の保育所へ腕を広げて駆け出すこころ
・舌を焼く珈琲飲みて子を忘れん苦きを苦きと思わぬ職場
・三歳の「世界で一番大好き」をわが盾として職場に向かえ

( 第一歌集『薄荷色の朝に』短歌研究社から「小さき家族」より )