飛翔

日々の随想です

壊れた脳 生存する知

壊れた脳 生存する知
山田 規畝子
講談社
著者は整形外科医の女医さんであるが、医大2年生生の時に「一過性脳虚血発作」という軽い脳梗塞になり、医大6年生のときに「もやもや病」による脳出血、34歳で脳出血脳梗塞、37歳の時脳出血と通算4度の脳卒中を経験する。

34歳の時の脳梗塞の後遺症により著者は「高次機能障害」となる。「高次機能障害」とは、ものの位置関係が理解しにくいもので靴のつま先とかかとをぎゃくに履いてしまったり、トイレの水の流しかたが思い出せない、時計が読めなくなったり、などの障害がでる。3歳児の子供を抱え、主婦として医者として著者は障害との苦闘がはじまる。

この本は脳が壊れた者にしか分からない世界。正常な人は気付かない、誰も立ち止まって見たことのない脳の中を赤裸々に患者側の目からと医者でもある著者の目から描いた貴重な本である。脳を病んでいても心も知能も壊れていないことを著者は身をもって立証して見せた記録でもある。

著者は病気を科学してみようと奮起する。
脳卒中後、毎日繰り返す失敗やつらいリハビリをぼやいても病気がよくなるわけじゃない。へこんだまま立ち止まっていたくない。なぜ自分がこんなことで苦しんでいるのか原因が知りたかった。この障害を客観的に見つめて正体を突き止めたかった」と語る。

脳の障害に苦しんでいる人に著者はこういう。
「どんな脳でも必ず学習する。ただし、それには前提として、やろうという意志の力が必要である。それがある人は必ずよくなる」
ここを障害で苦しんでいる人に是非読んで欲しい。

また家族やセラピストの方々に著者は次のようにお願いする。
「どうかやたらと叱責したり「しっかりしなさい」とお尻を叩くのを控えて頂きたいと思う。出来なくなったことばかりに目を向けるのではなく、現状で「これもできる」「あんなこともできる」ということを捜し、患者さんのプライドを尊重しつつ、サポートしてほしい」と声を大にする。

重篤な右頭頂葉障害の手記は医学的にも希有な記録であるので医療関係者には熟読しおおいに参考文献として活用して頂きたい。また本書は回復への苦闘の実話でもあり、途中離婚経験をし、女手一つで子育てをし、医者を続けながら敢然と障害と闘い、自分を裸にし、さらけだして、不屈の意志の強さで生きていく女性の手記としても胸が熱くなり励まされる本である。