今日は旅から帰って一週間ぶりに老人施設に出かけた。
認知症が快方に向かっていると思われる90歳の婦人の調子がどうか心配になって恐る恐る話しかけると
不安な心模様をぶつけてきた。あ!また元に戻ってしまったかと思ったが、そんな気持ちを悟られてはならない。
淡々と、しかし、心を込めて接しているうち、だんだん不安な心がほどけていったようだった。
お土産のえびせんべいをお部屋で召し上がってもらおうと大勢がいる部屋から個室に移動。
90歳にして全部の歯が健全という婦人は「パリパリ」といい音をさせてえびせんべいを召し上がった。
一週間の留守中の不満を全身でぶつけていたのに、ぱたりと言葉がなくなった。
口を押さえながら
「待ち焦がれていたえびせんべいの味が口いっぱいに広がって幸せで何を言いたいのかわからなくなった」と笑顔が溢れた。
そして両手で両頬を囲むように押さえながら、
「ああ、幸せでいっぱい」
と言った。
ああ、なんと可愛い仕草なのだろうとこちらまで幸せになった。
高学歴・良家の育ちのこの婦人はプライドが高い。センスもよく、言葉遣いも雅やか。
お金の話になったので、みだりに他人に金銭の授受をしないよう注意するといきなりドイツ語が出た!
「das geltの話はもうしません!」
と言い出して私を驚かした。
認知症などと呼べないほどの快方ぶりに嬉しくて泣けた。
あしたはどうなるかはわからない認知症ではあるけれど光は射す。
認知症の症状は様々だ。我が子の顔も伴侶の顔もわからなくなり、鏡に映る自分の顔さえもわからない人もいる。
介護する人に暴力を振るったり、おむつを投げつけたりして、肉親は悲しくて絶望してしまうことがある。
介護者は大変である。疲労困憊。精神的にも肉体的にも疲れはててしまう。
そんな思いを一人で抱え込まないで、仲間を作りましょう。
愚痴をいっぱい言い合いましょう。出来うる限りの介護施設の利用をしましょう、人の手も借りましょう。
綺麗事だけではすまないのが介護です。
24年間認知症を患った母を介護した藤川幸之助さんの詩を紹介しよう。『徘徊と笑うなかれ』中央法規出版。
徘徊と笑うなかれ
母さん、あなたの中で
あなたの世界が広がっている
あの思い出がこの今になって
あの日のあの夕日の道が
今日この足下の道になって
あなたはその思い出の中を
延々と歩いている
手をつないでいる私は
父さんですか
幼い頃の私ですか
それとも私の知らない恋人ですか
徘徊と笑うなかれ
母さん、あなたの中で
あなたの時間が流れている
過去と今とが混ざり合って
あの日のあの若いあなたが
今日ここに凛々しく立って
あなたはその思い出の中で
愛おしそうに人形を抱いている
抱いている人形は
兄ですか
私ですか
それとも幼くして死んだ姉ですか
徘徊と笑うなかれ
妄想と言うなかれ
あなたの心がこの今を感じている