飛翔

日々の随想です

無言の力


ある婦人がお誕生日を迎えられた。
 満90歳。
 何か食べたいものは?の問いに「スイカが食べたい」とご所望。
 誕生日ケーキよりもスイカが食べたいというので、スイカを買ってきた。
 六分の一きれのスイカ
 子供の頃夏になると食べていたスイカが懐かしいのだろう。
 音をたてるように召し上がって喜んでくださった。

 誕生日を祝ってくれる身寄りのないこの老婦人が帰り際に「あなただけが私の心の支えです」といって
 私の手にすがるようにした。
 気位が高く、孤高なこの老婦人の言動に一瞬たじろいだ。
 「私の方こそ、いつもお会いするのを楽しみにして、○○さんは私の心の支えとなっています」
 と言うと、「本当?」と言って、じっと私の目を見つめた。
 心の奥の方まで見つめるようなまなざしだった。

 いつもこの方を訪問した帰りは身につまされて胸の奥が痛み、自分の無力さに歯噛みをする。
 生きるというのは大変なことである。
 励ます言葉が私にはない。慰める言葉もみつからない。
 言葉が好きな私が、どんな言葉もみつけることができずにいつも帰る。
 そっと寄り添っているだけの一時間。
 彼女にとってどんな言葉も必要としていないのかもしれない。