飛翔

日々の随想です

能の見える風景

 能楽において一家言どころか、新作能まで作った多田富雄氏の随筆を読む楽しさにひたった。
 多田富雄氏は免疫学者であり、免疫応答を調整する抑制T細胞を発見。野口英世記念医学賞、エミール・フォン・ベーリング賞、朝日賞など多数受賞した免疫学の権威である。
氏は能に造詣が深く、舞台で小鼓、太鼓を自ら打ち、新作能を手がけるひとでもある。
2001年旅先の金沢で脳梗塞に倒れ、右半身麻痺、講音障害、嚥下障害となる。

そんな病を得てのちも新作能を手がけて執筆活動もなさっている情熱はどこから来ているのだろうか?本書は能の魅力と共に能の現代性とは何かを問うた本でも有る。
 
 多田氏の病状は想像を絶するほどである。のどの筋肉が麻痺し、火のように喉が乾いても、水を一滴も飲み込むことができない状態で苦しんでいたとき、能『歌占』の一節を思い浮かべて耐えたという述懐に、能楽というものの恐ろしいまでの力を感じて、その深さがいかほどのものかを知るのであった。

 能の奥深さを平易でありながら達意な文章で書かれてあり、また手がけた新作能『一石仙人』がアインシュタイン相対性理論を元にしたものであるとか、原爆忌に寄せて作った新作能原爆忌』が、能と言う演劇の象徴性、普遍性が可能にしたことなど、目からうろこのことばかりであった。

 現代に住む私たちが抱える問題、特に絶え間ない戦争と核の問題、平和についてを演劇における能として表現する氏の思いが闊達に書かれていて感動した。

 別の機会にまたあらためて感想を書くとする。