飛翔

日々の随想です

味な話


「今日は美容院に行くからお昼ごはんどうする?」
 夫に尋ねると、
 「お弁当を作っておいてくれよ。久しぶりにお弁当食べたくなった」
 と答えた。

 自宅で開業するまでは毎日お弁当をもって出勤していた夫。
 朝早く起きての弁当作りは主婦にとって時間と手ぎわの良さが勝負だ。
 信号のように緑、赤、黄色の三色の野菜を入れ、動物性タンパク質を忘れずに。
 そうそう「ビタミン愛」を入れ忘れないことが肝要だ。

 このお弁当は二人を結びつけた縁結びのアイテムだった。
 貧乏学生の私たちはデートにお金をかけれないので、お弁当をもって山登りが多かった。
 おいしい味の手つくり弁当に彼は心底喜び、愛は育まれていった。
 
 そしてこの味にほだされた彼はついにプロポーズ。
 結婚してみて彼は死ぬほど驚くこととなった。
 私は料理をしたことがなかったからだ。
 死にそうに美味しいお弁当は母の手創りだったからだ。

 ちなみに私は一度も私が作ったお弁当とは言った覚えがない。
 善意の錯覚。誤認である。
 夫は「結婚詐欺にあった」と叫ぶがもう遅い。

 しかし、そのつけはやがて私自身に回ってきた。
 三男の夫に、もれなく姑、小姑がついてきたからだ。
 三男だから結婚したのに「結婚詐欺だ」
 と今度は私が叫ぶ番になった。
 盆暮れは親戚一同集まるので数十人分の料理をひとりで作る難行苦行が始まった。

 戦いすんで日が暮れて。
 今や私の味を懐かしんで集まる人もいる。
 月日は人と味を育むものかな。

  
   ・衣かつぎ 母と囲んだ二人膳