飛翔

日々の随想です

クラッシック・パンツ

 ぶしつけに「あなた、なにどし?」と尋ねられて、私は「さば年」よというと、ある人が「僕はふんどし」とお答えになって笑い転げたことがあるが、そのクラシックパンツ、つまりふんどし、自分のふんどしを使うならばよいが、「他人のふんどしで相撲を」とる人を見かけるといきどおりを感じる。
 他人のものをちょいと盗み見してそれで自分のものにする。
 それを防ぐために「特許」というものが認められるようになった。そして「著作権」もである。
 他人の文章を参考にしたり、ヒントにする。そこまでは許されるが、そっくりそのまま頂いちゃうなどはけしからぬことだ。
 音楽で困るのはそこだ。作曲してみたはいいが、どこかで聞いたことがあるメロデイだといわれると、確かにいくらでもそんな曲が出てくる。古くはクラッシックのリメイクだといわれる。ポルトガルのファドを聴いていると八代あきの演歌そっくりな曲にであってめんくらう。
 偶然と言うこともあるが、故意に人のものを盗作するのは犯罪である。
 ブログをめぐると自分の文章とそっくり同じものにでくわしてびっくりしたことがあった。そういう人に限って案内文に「著作権は手放してはおりません。ブログ内の文章や写真をみだりに使用することをみとめていません」と但し書きがしてある。
 また虎の威を借る狐に出会うこともある。
 こんな有名人の友達がいると羅列されても、本人にはくがつくわけでもない。空虚さが漂うだけだ。
 私なんぞ天皇陛下も知っているし、歴代の総理大臣だって知っているし、ノーベル賞をもらった人も知っている。みんなニュースや新聞で知っているのだぞよ!
 自由でのびのびと自己表現をするすがすがしさは爽快だ。他人のふんどしなど借りたらよからぬ病気をうつされかねない。虎の威力など借りずとも等身大の自分で十分。
 「僕はふんどし」とユーモアたっぷりにお答えになったさるお方。
 あなたは自由闊達、チョコレートドーナツをかじりながら、笑みをうかべて歩いていかれる姿は実に爽快です。え?「そうかい?」とおっしゃいましたか?「御意」