我が家は庭と呼ぶものが三箇所ある。
「わー、すごい!」
などと早合点することなかれ!近くには牧場があり、牛がのんびりと鳴き、キジのつがいがケンケンと呼び合っているひなびた地域である。地価の高い都会とは段違いの地域である。その一角の住宅地に松林がこんもりと茂っている。その松林を夫が父から譲り受けていた。しかし、長い間放置したままだった。長年住んでいた家が手狭になり、松林に新しい家を建てることになった。
夫が腕によりをかけて設計し、終の棲家(ついのすみか)ができた。それが今の住まいである。
玄関を開けるとすぐに全面ガラス戸越しに坪庭が見える。南側には雑木林風の庭があり、自然な流れに沿って洋風庭園と続いている。家の中には居間と食堂の両方からながめられるスペイン風の坪庭、パティオがある。このパティオには小さなテーブルと椅子を配して、観葉植物を置いている。ここで湯上りにビールを飲むとおいしい。屋根をつけていないので星をあおぐこともできる。外からは見えないので湯上りのタオル一枚姿も気にならない。
この三つの庭を利用して春と秋にガーデンパーティーを開いている。各自持ち寄った自慢の手料理を肴に知っているものも、見知らぬものも、わきあいあいと会話をするのを愉しみにしたパーティーである。
70人ほどの人が自由な時間にやってきて好きな時に帰っていく。知り合い同士は親交を深め、知らない人はお互いに自己紹介し合って新しい友達になっていく。そんなパーティーだ。時にはミニコンサートを開くこともある。
そんなガーデンパーティーのある日、パティオの椅子にちんまりと座っているお婆さんがいた。
「いかがですか?楽しんでいらっしゃいますか?」
と声をかけるとにこにこするお婆さん。この方は誰だったかなあ?と頭の中で考えをめぐらせる。思い出せないので尋ねてみることにした。すると、
「ここを通りかかったら楽しそうな笑い声がしたので覗いてみたんです」
とおっしゃる。え!じゃあ通りがかりの人なんだ!とびっくり。
「いつも病院帰りに遠回りしてこの家に来て花を見ていくのを楽しみにしていたんです」
と言う。
真夜中に植木鉢やプランターに植えた花を全てどぶに捨てられたいまわしいことがあった。そのときはもう花作りはやめようと思ったけれど、こんな話を聞くとやめないでよかったと思う。
「ご馳走様でした。皆さん、親切にしてくださってうれしゅうございました」
と丁寧にみんなに挨拶して帰っていかれた。
パーティーにきていた誰かが、
「いいお婆ちゃんだったなぁ。なんだかしみじみしちゃった。くにのお袋に電話してみようかな」
と言い出した。この老婦人と親しく話をするうち、ふるさとに一人住まいしている母親を思い出したようだった。
パーティーで出会った見知らぬ老婦人が残していったもの。それは何だったのだろう?
素朴なにおいのするこの地域にも、ふるさとを遠くにして働きに来ている人もいる。手入れの行き届かない我が家の庭に集いながら、多くは人恋しい想いを埋めていく。私自身もその中の一人だ。ふるさとはあっても、もう待つ人はいないふるさとだ。
いつもは楽しく飲み食いしてお開きのパーティーも、この日はほのぼのとしてしめくくることができた。
「すごいなぁ、あのお婆ちゃん。手ぶらで来たのに、みんなの心にお土産を置いて行ったネ」
夫の一言にみんなはうなづいて笑った。