連日29度と言う真夏日の当地。半そで姿もあちらこちらで目にするようになった。
夜中に蚊に刺されて目が覚めた。にっくき蚊め!!!
去年の古くなった蚊取り線香を取り出して夜中にいぶし始めた。こうこうと電気をつけて蚊の動きを見張るも姿なし。蚊もいぶされるが、人間も喉をいぶされてかちかち山の狸のようになった。
そういえば昨日のホームセンターの広告に蚊帳が出ていたと思い出した。
子供の頃は蚊帳を吊って寝ていた。あの青臭いようなにおいとざらざらした感触、別世界にいるようなわくわく感が夏の到来を告げていて好きだった。
蚊帳にまつわる話と俳句をあげてみよう。
正岡子規は四国松山藩の下級氏族、秋山好古(よしふる)・秋山真之(さねゆき)兄弟と知友となった。秋山真之と正岡子規は、苦学の末東京大学の前身「大学予備門」に進み、同じ下宿に住まい文学論を戦わせるようになった。アメリカ留学する秋山真之を想って詠んだ句
・君を送りて 思ふことあり 蚊帳に泣く 子規
蚊帳の中で友が旅立つのを羨ましくそしてさみしく思ってしのびなく子規の姿が目に浮かぶ。
蚊帳と言えば、もうひとり小林一茶の句がある:
・新しき蚊屋に寝るなり江戸の馬
これは驚いた。
馬に蚊帳をつってやったのだろうか?馬にまで蚊帳をつってやるほどゆとりがあるんだぞとみせたがる江戸っこのみえなのか?
俳句の奇人、宝井基角はどうだろう。
・蚊をやくや褒似(ほうじ)か閨(ねや)のささめごと)
これは艶っぽい!これは「褒似(ほうじ)」というところがみそである。
「褒似(ほうじ)」は中国の傾国の美女。
めったなことでは笑わないという絶世の美女「褒似(ほうじ)」は周の幽王の寵姫(ちょうひ)である。
ある日、外敵襲来の、のろしが間違ってうちあげられた。部下諸侯が都からかけつけたところ、何もないのでぽかんとなった。めったなことでは笑ったことがない褒似(ほうじ)が笑いころげた。幽王は喜んで以後ひんぱんにのろしを上げた。駆けつけた諸侯は馬鹿馬鹿しくなってもう二度と駆けつけなくなったころ、敵の襲来があった。
敵の襲来をしらせるのろしを上げたけれどもう誰も駆けつけなくなってとうとう周王朝は滅びたというお話。
この話をしらないとこの句はつくれないし、鑑賞のしようもないのである。
宝井基角という俳人は本当に才人にしてきれもので洒脱な人だったことがうかがえる。
一方無名の人が詠んだ俳句をみてみよう。
元禄時代の無名の作家の俳句を集めて評釈した柴田曲著『古句を観る』から
・つり初(そ)めて蚊帳の薫りや二日ほど 花虫
・一夜ニ夜蚊帳めづらしき匂いかな 春武
(『古句を観る』柴田宵曲 著 岩波文庫から)
蚊帳をつりはじめた当初の香りになつかしさをおぼえるのは昔の人も同じなのだなあと思う。
夏の風物詩から蚊帳がなくなるのは日本の家屋や住まい方の欧米化などで変わり行くのだろう。そのうち「蚊帳」って何?というのもそう遠くないような気がする。