飛翔

日々の随想です

黒岩比佐子さんの『パンとペン』刊行記念講演会に出席して

 今日は朝6時25分の東京行き長距離バスに乗って東京神田神保町東京堂書店で開催される黒岩比佐子著『パンとペン 社会主義者堺利彦の文才と「売文社」』刊行記念講演会に出かけた。
 名古屋近郊から6時間あまりかけ東名を走り、無事東京駅へ到着。大手町のイタリアンレストランで昼食をとり、メトロ東西線半蔵門線に揺られて神田へと繰りだした。久しぶりの神田古書街である。あちこちの古書店に寄り道しながら東京堂書店へと到着。開演は3時からだが早めに会場へ入った。2時半開場。あっというまにぎっしりと人が集まり立見が出るほど。100人を超える人である。
 いよいよ黒岩比佐子さんの登場だ。グレーのストライプのスーツにピンクのブラウスが美しい黒岩さんに先ずは花束贈呈。

落ち着いて終始にこやかな笑みを浮かべて『パンとペン』の著書の中から「売文社」と堺利彦をめぐる二時間の講演が始まった。
 そもそも「売文社」なる聞きなれない名前について、黒岩さんは5〜6年前に知ったとのこと。おそらく黒岩さんばかりでなく多くの人が「売文社」という名前を聞いたことがないだろう。
 今から100年前1910年(明治43年)「売文社」が社会主義者堺利彦によって創設。
 静かな口調で二時間もの長い間を上梓したばかりの著書『パンとペン』について堺利彦について、「売文社」と社会主義者たちのことなどを語った。
 途中集めた資料、特に古書店などで入手した貴重な本や雑誌のコピーを聴衆に回覧しながら話は進められた。私は「パンとペン」を二回読みなおし、当日にのぞんだが、講演会で新たに著者自身からエピソードを聞くと、感動も新たに聞くことができた。
 黒岩さんは現在闘病中である。ご自身のブログでこの『パンとペン』は遺書だと思って書いたとあった。執筆の途上でガンがみつかり病魔と闘いながらの著作だったから前述のような言葉がでたのだろう。そういう意味においても黒岩さん渾身の作品だということがひしひしと伝わってくる。
 講演の最後に黒岩さんは感極まって涙ぐんでしまわれた。会場の多くの人の目にも涙が光った。
 この講演を聴きながら黒岩さんがこの作品を三年余りの年月をかけて書いた渾身を思った。途中病魔との闘いに図書館へいけなかった悔しさや、調べたくとも行けなかった多くの場所に歯噛みをしたことだろうと思うと胸がつまる。
 しかし、作品は「書きつくした」と黒岩さんに言わしめるだけの充実ぶりであることは言うまでもない。
 多くの著作の中でもこの『パンとペン』は難関だったと吐露している。
 自らの足で集めた多くの関連古書と資料、いろいろな場所に行き、取材したものは数えられない。堺利彦が翻訳した小説の訳本を黒岩さん自らも読んでみたという。何もかも手間暇がかかることばかりだ。最終的には400ページも削除したというが、その後、また書き加えることとなったというのだから二度手間、三度手間の労力である。膨大な資料の読み込みと取捨選択という大変な労作のたまものが作品となったのだ。上梓した現在の胸中は、やりとげた充足感とその年月にこみあげるものがあるだろう。
 多くの聴衆を前に去来した胸のうちは、察するにあまりある。聴衆の一人としてその不屈のライター魂に胸がふるえてしまった。
 黒岩さんは27歳からフリーランス・ライターとして活躍されてきた。その間の25年とは「ライフワーク」であり「ライスワーク」であったともいえる。まさに「パンとペン」である。
 黒岩さんは述懐する。
 「書きたいことを書いて、パンを得る事ができるなら最高である」と。
 作品についての感想と講演会での詳しいことは別の機会に書くとして、私も「書く」ことを標榜するものとしてこの講演会に出席したことは最高の励ましとなった。生涯忘れられないものをこの講演会で私は得た。「書く」という姿勢と不屈の精神。黒岩さんが堺利彦を書きながら引き込まれたのはその人間性にあるだろう。それは黒岩さんにも繋がるように思う。
 黒岩さんの不撓不屈の精神と「書きだしたら最後までやりつくす」というライター魂をこの作品と講演会から得た。それは、はがねの精神である。多くの聴衆の目に感動と賞賛と励ましが浮かんでいた。
 講演のあと私は黒岩さんにかけよると「ろこさん!いつも応援してくださってありがとう」と握手してくださった。その手は暖かく、しっかりと握った手には力がみなぎっていて私は嬉しくてあやうく涙がでそうになった。
 熱田神宮でいただいてきた「お守り」をそっと黒岩さんの手に渡して会場をあとにした。体調がよくなるよう心より祈っています。
 ありがとうございました、黒岩さん!次回の作品を待っています!!!
 外へ出ると神保町古書街はすっかり暗くなっていた。あちこちの古書店に寄りたかったが、新幹線の時間が迫っていたので御茶ノ水まで早足で歩いた。
 黒岩さんのあたたかい手の感触がいつまでも残っていて、心の中まで暖かくなった。
『パンとペン 社会主義者堺利彦の文才と「売文社」』の出版を心よりお祝いしたいと思います。
 おめでとう!黒岩比左子さん!

講演を終えてほっとにこやかな笑みがこぼれた。美しい人である。