(その1)
昔学習塾の雇われ教師をしていたことがある。
そこの経営者がなけなしの頭をひねって塾のPR作戦を練った。その一つに鉛筆に塾の名前を入れて生徒に配ってみてはどうだろうかと聞かれた。
「そんなことをしても何の宣伝にもなりませんよ」「だってもう入っている生徒に名前入りの鉛筆配ってもしょうもないでしょ」と私は答えた。
経営者はむっとしてもう名前入りの鉛筆発注してしまったという。
塾がつぶれてはこまるのでしかたなく秘策を練った。
それは生徒に学校で鉛筆を落としてもらうことだと。
経営者は拾った人が名前入りのところを読むというわけだね?と聞いた。
私は「そうじゃありませんよ」「拾っても誰も読みはしませんよ」と言うと経営者はまたムッとして「じゃあ、落としてもしょうがないじゃないか」と怒った。
私は「落とした生徒が教室でこういうのです」「誰の鉛筆かな?なになに?○○学習塾と名前が入っているぞ、ここは名門の塾だってね」と大きな声でいうのですよと答えた。
経営者はこのアイディアが気に入ったようだった。
いい加減なことを言ったものだが、これが効を奏したのか、生徒はだんだん入ってきて繁盛するようになった。
なに?鉛筆のせいじゃないって?
講師が優秀だからだって?
おっしゃるとおりです。
(その2)
昔、パリの劇場に一人の女優が演じ終わって楽屋にいました。
お付のものにえらい剣幕で食って掛かっていました。
楽屋を訪れた人がどうしたのか聞くとこういいました。
「届いた花束が九個しかないじゃない!」とおかんむり。
「九個も花束が届くなんてすごいじゃないですか!」と言うと
お付のものはこういいました。
「あの女優はね、花屋には十個届けるようにと代金を払っておいたのに!とムクレれているんですよ」と。
(『完本 茶話(下)』薄田泣菫(冨山房百科文庫)より)