飛翔

日々の随想です

春宵一刻



 二月の末にイタリアに行き、帰ってきたらもう三月になっていて、隣の家にはもう桜が咲いていた。お雛様は終わって納戸の隅で来年を待つ。月日は待ってはくれず立ち止まることもしない。
お能西行桜の最後にこういう謡いがある。

♪「あら名残惜しの夜遊(やゆう)かな。惜しむべし、得がたきは時、逢いがたきは友なるべし。春宵一刻値千金、花に清香月に影」♪
♪「春の夜の。花の影より、明け初めて」
♪「鐘をも待たぬ、別れこそあれ、別れこそあれ、別れこそあれ」

西行と老桜の精とが京都の桜の名所を語らい舞をまって打ちとけるうちに別れのときがくる。
「ああ、名残惜しい夜の遊楽である事!惜しめよ、惜しめ、何と言っても好機は得がたく、真の友には逢いにくいものなのだから。『春宵一刻値千金、花に精香月に陰』
「春の夜は花のあたりから明け初めて来る」
「夜明けの鐘をも待たぬ、別れのときが来たのだ。名残惜しいが夜遊の友との別れが来たのだ。別れのときがきてしまった」
 華やかな能であるが、老桜の精によって閑寂な趣があらわされてその対比の妙は実に見事。はなやかさだけではない情緒に心がゆさぶられる能である。

春宵一刻値千金、花に清香月に影
これは <蘇東坡>(そとうば)の漢詩から引いたもの
   春 夜  <蘇東坡> (そとうば)

春宵一刻直千金 (しゅんしょういっこく  あたいせんきん )
花に清香有り月に陰有り (はなにせいこうあり  つきにかげあり)
歌管樓臺聲細細 (かかんろうだい  こえさいさい )
鞦韆院落夜沈沈 (しゅうせんいんらくよるちんちん)

春の夜の一刻は千金の値打ちがあるほど素晴らしい。
花には清らかな香りが漂い、月はおぼろにかすんで見える。
先ほどまで歌声や笛の音がにぎやかだった高殿も、今はすっかり静かになり、
ぶらんこのある中庭に、夜は静かにふけていく。

春の日はどこまでもうららかであり、春の宵は千金の値があるほど美しいもの。
日本列島桜の便りはまだか。
今日は朝から雨だ。
春宵一刻値千金、花に清香月に影
この言葉が身を持って感じるにはまだはやそうだ。