飛翔

日々の随想です

『眼中の人』小島政二郎著


眼中の人 (1975年)
小島 政二郎
文京書房

 小島政二郎による自伝的長編小説である。
 芥川龍之介菊池寛鈴木三重吉などを中心に、大正文士の生態を生き生きと活写して、著者が作家として自分を確立していくまでの心の動きを描ききった作品である。
 特に著者が心酔して尊敬している「眼中の人」、つまり、敬慕してやまない、芥川龍之介の人格、人柄、博覧強記ぶりや、田舎者として下に見ていた菊池寛の 無骨で、遠慮がなく、 「相手の骨まで切り下ろす」 ような口の悪さを嫌いながらも、次第に その文章の純粋さや、人並み外れたおおらかさ、温かさに惹かれていき、著者の文学遍歴に多大に影響する様子が活写され、大正文壇史を知る上でも貴重なものとなっている。
「眼中の人」というのは、いつも眼中にあって、忘れ得ない人、敬慕してやまない人という意味であるが、特に芥川龍之介の人となりや、いかに海外の作品や古典、現代文学と精通しているかが描かれていて、その魅力に惹きつけられる。
 鈴木三重吉のすさまじいばかりの家庭内暴力の様子は、童話作家の外の顔が知れて、意外だった。
 芥川龍之介菊池寛を中心に、大正時代の文壇の様子がよくわかる作品でもあるが、一人の作家志望の人間(著者)が、彼らの丈の高い文学の香りと人柄に影響されて、自らを確立していく過程を、自分を裸にして分析し、立体的に描くのに成功した、見事な作家論でもあり、自伝的小説でもあり、大正文壇史でもある名作となっている。
 これは私のお宝本になった。
 ※『眼中の人』について:
小島政二郎の自伝的小説。 2人の友人、芥川龍之介菊池寛との付き合いを中心に、自身の文学遍歴を書いている。 昭和10年(41歳)、 「改造」に発表したもの(※1)を元に、昭和17年11月1日(48歳)三田文学出版から出版した。 戦中だったため、戦意高揚を謳った小説にしか充分な用紙割当がなかった。編集サイドは、 『眼中の人』 は小説としては難しいと考え、その文学資料的側面を強調して日本出版文化協会に申請、かろうじて出版にこぎ着けたという。
昭和42年(73歳)、第二部を、 「新潮」に一挙に発表。 32歳年下の若い人妻小鴨ささとの交流を通し、自らの小説の芸術性蘇生を試みる様を描いた。
昭和50年(81歳)、文京書房から初版時の体裁で再版される。角川文庫版、岩波文庫版もあり。
■ 作品評
・ 実名で出てくる著名な作家たちは、精巧無類な描写力で、作者とともに、現場に立ち上がっているように活き活きと描かれている。(和田芳恵

・ 私の作中、一番まじりッけのない、純粋な、書かずにゐられなくつて書いた小説だけに、私には忘れられない作品だ。今の私から見ると、下手な、しかし一途な小説 (著者・小島政二郎

・内外の人と書物に至るまで、もろもろの出会いは、すべて氏にとって“眼中の人”たり得た。それは氏が律儀な求道者のせいだが、その初心というにひとしい純粋無垢のひたむきさはこの作品のみずみずしさの根源である。(大河内昭爾

・ 大正文壇史にたいする資料は多いようで、極めて少ない。本書はその希有の資料 (瀬沼茂樹

・ 『眼中の人』を読んだのは満州での兵隊ぐらしにおいてであった。作者達の青春時代の一途な気持が、軍隊にあって素裸な一個の人間であったわたしに、ひしひしと迫って来たあの感動をわたしは今に忘れないでいる。(池田弥三郎

(馬込文学マラソンより引用)http://www.designroomrune.com/magome/k/kojima/kojima.html