芥川賞を受賞した西村賢太が藤澤清造に心酔していることは昨今有名になった。
心酔のあまり、清造の墓の隣に自分の生前墓を作ったことも知られている。
藤澤清造の全集を西村が芥川賞受賞賞金をすべてつぎ込んで出版するという。
さて、その藤澤清造とはどんな作品を書き、どんな人かはあまり知られていない。
全集が出るのを楽しみにするばかりだが、このたび、古本屋で『演劇新潮』七月号(新潮社)を入手した。
これが思いがけずに美本。発行は大正十三年。
この『演劇新潮』に思いがけず、藤澤清造の戯曲『嘘』(三幕もの)があった!!!!!
林哲夫さんのブログでみた年表によると藤澤清造は大正十四年『演劇新潮』の編集同人となる。
とあるから編集同人になる一年前に書いた戯曲である。
この本の執筆メンバーがそうそうたる面子でおどろくばかり。
久米正雄、吉井勇、菊池寛、久保田万太郎、山本有三、近松秋江、武者小路実篤、正宗白鳥、佐藤春夫、山崎紫紅などの豪華な陣揃いである。
ではいよいよ藤澤清造の戯曲『嘘』(三幕もの)のさわりを紹介しよう。
人物: 谷 治三郎(小説家)
木村正太郎(洋画家)
木村たか子(正太郎の妻)
年代:大正時代の早春
場所: 東京の山の手
いたってシンプルなキャスト。
男二人は旧知の仲。
昼間から寝ている小説家の男の家に洋画家が訪ね
昨夜はどこへ行っていたのかねちねちと問いただすことから話ははじまる。
腹に一物の口調の洋画家と小説家は次第に険悪になり、やがて洋画家の妻との仲についての口論となる。
三者三様の心理ドラマである。
静かな川面がしだいにさざなみを打ち波紋が広がるように、心の中の葛藤が広がっていく戯曲である。
この戯曲について年表には何も記されていない。
藤澤清造は無頼派だといわれているようだが、戯曲からはその片鱗はない。
この本は執筆人がすごいので読みごたえがある。
どのページからも大正時代の文人の勢いが感じられる。これはお宝本だ!
いやいや、驚いたのなんのって!まさかこんなところにあったとは。
これが静かな心理葛藤ドラマで無頼派が書いたものとは思えない。
ほかの執筆陣に目を奪われて最後のページに思わず発見!!!
正宗白鳥の一幕ものの次にあった!編集後記(編輯室から)にはこう書いてあった。
「新進としては藤澤清造君の「嘘」三幕を掲載した。
長編「根津権現裏」の作者として文壇に認められた氏の戯曲としての力作である」とある。
「根津権現裏」を書いた新進作家の戯曲として紹介されたというわけだ。
見落とすところだった。
本の最後のほうにこの戯曲はあった。
本は最後まで読むものだとつくづく思った。