父は苦学して一代で財を成し、功と名をなした。
英字新聞のトップに写真が載り、自慢を恥としていた母をしてその新聞を買い占める愚をおかさせた。
その苦学した時代を思うにつけ、我が子には学を身につけ自由闊達に生きて欲しいと望んだのだろう。
私が大学に入った時、父はこういった。
「在学中はアルバイトはするな。世の中に出たら嫌でも働かなければならないのだから、大学時代は本を読め。生涯の友を得よ」
バイト禁止令が出た。友人が北海道へ旅行する夏、私だけが一緒にいけなかった。旅行代金をもらうのがはばかられたからだ。
その代わり万巻の書を与えられた。
嫁に行く時も、その万巻の書が嫁入り道具の中に入っていた。
私の夢は書庫を持つことだった。そして夢が叶って床から天井まですべてが書棚という書庫が完成した。
万巻の書が収められても、まだ床には他の書籍が散乱する本だらけの部屋となった。
昨日書棚の奥に鎮座していた古い本を取り出してみた。それは父の蔵書だった。
もう紙が変色してしまうほど古いものだ。奥付に父の蔵書印が押してあった。
それは苦学していた頃、やっと手に入れた本に自作の蔵書印を押したものだ。
その本が父にとってどれほど貴重だったのかが偲ばれるものだ。やっと手に入れた自分だけの本。
宝物にも匹敵するものだったに違いない。
ページを繰ってみた。父がどんな思いで読んだのかどんな感想をもったのだろう。
赤黒く変色してしまったページをそっと撫でてみた。父の心をさぐるように。
喧嘩をしたわけでもなく、摩擦があったわけでもないけれど、父と私は生涯心の奥を見せ合うことがなく過ぎてしまった。
子供の頃宿題ノートを書きながら寝入ってしまったことがあった。
翌日ノートには父の字で間違いが直されてあった。
そのノートを抱えたまま学校へいった。
ノートを抱えたあたりが温かかった。
9月に入ってまもない今日。
父のみえない心に一歩近づけたような秋の日がくれようとしている。