飛翔

日々の随想です

紫陽花が咲く頃

  
雨は嫌いだけれど、紫陽花の頃の雨は好きだ。
 塾の教師になってしばらくしたころ、実家の母が東京から訪ねてきたことがあった。
 塾の間、隣の部屋で母は待っていてくれた。自宅で塾をやっていたので、隣の部屋にいると授業風景がすべて聞こえる。
 中学生の英語が終わり、生徒を送りだそうとしていた時、教卓の上の紫陽花の花瓶に生徒のカバンが触れた。
 「おっとととと」
 花瓶を押える私。
 「あ、ごめんなさい」
 女生徒が謝ろうとしたので、私はおどけてみせた。
 女生徒は笑って、
 「きれいな紫陽花の花ね。先生みたい」
 と言って帰って行った。
 隣の部屋にいた母がにこにこしながら入ってきて、
 「楽しそうな授業だったわね。紫陽花の花・・・あなたみたいっていっていたわね、あの子」
 「お母さんも、そう思うわ」
 と言った。
紫陽花が咲くころになると、私はいつでもあの日の事を思い出す。