飛翔

日々の随想です

沈香(じんこう)


  東南アジアのごく一部の限られた地域、そこで何百年もの時を経て枯れ木や倒木の樹脂が固まってできたもの、それが沈香(じんこう)である。作ろうとしてつくれるものでない希少のもの。そのお香を手に入れた。

 その沈香を母の形見の香炉でくゆらせてみた。何とも形容しがたいみやびな香り。東洋の神秘とでも言おうか。深い海の底に導かれて着いたところの門をあけたら、こんな香りがするのではないだろうか?体の芯から沈むような静謐さが広がる。
 翌朝部屋にはいると香りはそこに残っていた。一切の邪気を取り払った後のような落ち着いた香りがそこに定着していた。香水とは違った趣のある精神の安らぎ。お香の神秘。お茶の世界でも炉の中に香を入れる。冬は練香を、夏は白檀のような香木を焚く。

子供の頃、お客様がお見えになる日は、母が香炉に香を焚いて向かい入れたものだ。玄関のまわりには打ち水をして、部屋には花をいける。子供心に人を向かい入れる佇まいの清らかな美しさが好きだった。

 せわしない日常に、「お香」を焚き、心静かに目を閉じて座すのもなかなか善きもの。