乾いた大地が雨の水を吸うように、今また、読書の熱と書く事に熱を帯びだしました。
長い空白だったのか、いえ、見えない「こころ」という森に分け行って、不思議な真理を探り当てて帰還したという心境でしょうか。
何年も前、谷沢永一という名うての文芸評論家、書誌学者の本にめぐりあって、読書に目覚めた時のように、今また、当時の気持ちに立ち返ったことが嬉しい。
遠い昔、まだ文字すら教えられていない幼児の頃、文字の書かれた積み木で遊んでいて、「文字」というものを知った。それ以来、家の中の本を読む楽しみにふれ、ありとあらゆる文字を読み、本の世界の虜になった。
「そう!私には本があった」
今、夢から覚めたようにふとそんな言葉がでた。
宋の時代の王荊公勤學文にこんな文がある。
貧者は書に因(よ)りて富み、富者は書に因りて貴し。
愚者は書に因りて賢に、賢者は書に因りて利あり。
只書を読みて栄ゆるを見るのみ。書を読んで墜(お)つるを見ず。
金を売って書を買ひて読め。書を読んで金を買ふは易(やす)し。
好書は卒(つひ)に逢ひ難し。好書は眞に致し難し。
読書の人に勧め奉る、好書は心に在りて記せよ