飛翔

日々の随想です

『こうちゃん』

こうちゃん
須賀 敦子
河出書房新社

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須賀敦子さんがお書きになったたった一つの物語。

読みながら不思議なさみしさと懐かしさと愛(いと)おしさにかられた。
子どものころ言葉として誰かに説明できない心の中の景色や色や音色があったように思う。
お日様がさんさんとさしている中をとぼとぼと歩いていて、あたたかいのに、あかるいのに、なぜかさみしくてたまらなかったことをおぼえている。

こうちゃんはいったいだれ?
こうちゃんはみんながこどものころ感じた心の景色のようなきがする。
子どもの時見えていたものが大人になると見えなくなってしまう。
それはなぜだろう?
でも「こうちゃん」はときどきみんなの心の扉をノックしているのだ。
ふと「こうちゃん」の声が聞こえたような気がして扉を開けてみる。
それは子どものときに持っていた心が甦るときだ。
子どもの頃はいつも天真爛漫に明るいばかりではなかったようなきがする。

夕焼けが沈むのをみて胸がしめつけられるようなさみしさと美しさをどう説明してよいかわからずただ黙って泣いていた。
大人になって夕焼けをみてなみだぐむとき、そばには「こうちゃん」が一緒に夕焼けを見ているのを感じる。

「こうちゃん」
「こうちゃん」はいつもそばにいるのにいないのだ。
だからこのお話を読みながらそれを知って、感じた人はだれもがなみだぐんでしまうのだろう。
物語でありながらこれは詩である。
美しくはかないものへの慈しみにみちた詩だった。

酒井駒子さんの詩情にあふれた絵はどの絵をとっても胸にしみいる。
絵が一編の詩となっているといってもよい。
須賀敦子さんの「こうちゃん」の物語には酒井駒子さんの 絵でなくてはならない。
この二人が一つとなって「こうちゃん」を編んでいる。
心に残る名作である。