飛翔

日々の随想です

雪と笠と言葉


雪のニュースが舞っている。
中国の詩人玉屑(ぎょくせつ)の詩の一節に「笠重呉天雪 鞋香楚地花」(笠ハ重シ呉天ノ雪 鞋ハ香シ楚地ノ花)=(かさはおもしごてんのゆき くつはかんばしそちのはな)というのがある。


「呉天」とは「呉国の空」で、「(都から)遠い異郷の空」のたとえ。
この「呉天」を詠み込んだのは芭蕉だった。


夜着ハ重し呉天に雪を見るあらん
夜着が急に重くなった。中国の詩人玉屑(ぎょくせつ)の詩の一節に「笠重呉天雪 鞋香楚地花」)があるが、どこかで雪が降っているのであろう)


とあるように芭蕉は中国の詩人玉屑(ぎょくせつ)の詩の一節を熟知していたのであろう。


笠に雪が積もると重い。


芭蕉の門人に宝井其角がいる。芭蕉をして「門人に其角、嵐雪あり」といわしめた高弟である。


この「笠と雪、軽重」を頭に置いて詠んだのはその高弟である宝井其角である。


・わが雪と思へばかろし笠の上
(自分のものとおもえばたとえ笠の上の重い雪だって軽いもんだ!)
とじつに軽妙洒脱なものだ。


軽妙洒脱といえば後の世に小唄なんぞがある。
この小唄の中に其角の句と紀貫之の和歌をまぜ、やるせない逢瀬を待つ女心を歌ったものがある。
先ずは紀貫之の歌:

思ひかね妹がりゆけば冬の夜の河風さむみ千鳥なくなり(拾遺224から)
其角の句と貫之の歌をまぜてやるせき女心の小唄:
♪わがものと 思えば 軽き傘の雪 恋の重荷を 肩にかけ
 芋狩り行けば 冬の夜の 川風寒く 千鳥鳴く
 待つ身に辛き 置炬燵 実にやるせが ないわいな♪

※江戸言葉で自分の物にしたいことを”傘の雪”と言う
 
芋狩り : 本来は妹許(いもがり)の事で、妻・恋人をさす
どうです!中国の詩、芭蕉の句、其角の句。
そして小唄。
雪を思うとき、こんな風に古今東西、人は言葉と云うものを使ってさまざまな心模様を歌ったのである。
何と言葉というものは妙味に富んでいて遊び心に満ちているのだろうか!

詩、和歌、俳句と短い言葉の中に宇宙を作って遊ぶ素晴らしさよ!

※参考文献(『其角俳句と江戸の春』半藤一利平凡社)から)