飛翔

日々の随想です

セピア色の昭和

 随筆を読むのが好きだ。作り物(虚構)にはない著者の体温が感じられるからだ。
 紹介する本書は題名のように昭和一ケタ生まれの著者が経てきた「昭和」の出来事のエッセイ集である。その生い立ちからユニークで、実の両親と育ての両親が親戚という関係の中、それゆえ、繊細に、しかし豊かに育った少女時代から話は始まる。
 「幼女のお燗番」という題名だけでも興味をそそられる章は食文化研究家でもある著者の原点をおもわせる。父のあぐらの中にいる幼女は目の前の長方形に切った炉にかかっている鉄瓶にある徳利のお燗番をする。
 「昭和のお父さん」の晩酌は長い。酒はぬる燗が好きという父にあうような燗の付き具合は童謡「赤い靴」「金魚」などを一曲歌い終わる頃とはなんとも、のどかで愛らしい。

 「昭和の父」の晩酌の様子は酒器にこだわり、燗の具合にこだわるなら、「昭和の母」は頃合を見計らってお銚子を自然に傾ける人である。さりげなく料理の味加減を問いながら、家長一日の労苦をねぎらうように数回お酌をする。その呼吸の絶妙さに舌を巻く著者。
 幼女ながらも大人たちを観察する鋭い感性は茶の間の「お燗番」から生まれたとは思わず頬がゆるむ。しかし、著者の目はそこだけにとどまらない。
 
 戦前の昭和、妻女たちが自分の夫の好むくつろぎの形を、どんなに心してつくり出していたか、それは男がはかない命を生きる性とされていた戦争の時代と深い関係があるはずだ。

 と、洞察がするどい。また、この章の締めくくりとして「酒のある茶の間の奥行きは深い」と結んでいるは言いえて妙である。
 その他、早稲田大学時代、生涯の友を得た章や、銀座への想い、坂本竜馬の姉、栄の話、アメリカ留学するまでのこぼれ話、石垣綾子、栄太郎夫妻の話など、どれも面白く、一つ一つが極上の短編小説のようである。しかし、これらが虚構でなく実体験をもとにした随筆であるから、なおさら時代の匂いや体温を感じる。
 一人の女性が経てきた昭和という時代を、身近な茶の間を通して見つめ、友情の篤さ、肉親の数奇な運命、昭和の一時代を生きてきた人々の姿を、著者のあふれるような教養と、感性の鋭さ、やさしい情を持って描かれていて暖かな読後感だった。