飛翔

日々の随想です

抱負

今年の抱負

 ノーベル文学賞を受賞したドリス・レッシングの言葉:


 お金持ちになるか貧乏になるか、楽しく暮せるか、悲しい暮しとなるかは、じつはどうでもいいことなのです。人生で一番大切なのは、どれほど良い人たちと出会えるか、またその出会いをあなたがどれほど大切にできるかなのです。

 

とある。

 インターネットはもはや欠かせないツールとなった昨今、ネットで知り合いになる人が多くなった。

 子供の頃、母親に知らない人に話しかけられても返事をしても対応してもダメと言われて育った。

 今はどうだろう!知らない人、顔を見たこともない人がいっぱいいるインターネットでの知り合いが百人を超えそうである。

 しかし、暗黙の了解というか、信頼関係の上で、絆のようなものができつつある。

 ひょんなことで、メールのやり取りをした人ができた。その人から思いがけない詩が届いた。

 すごい詩だ。

 あなたの詩も読みたいから送ってくれと言われ、即興で作った詩を送った。

 ところがどうだろう。二日たっても返事がない。稚拙な詩を推敲もせず送ったことを深く後悔した。

 詩心もないのに、素晴らしい詩に刺激されて咄嗟に作った返詩だった。

 深く恥じていたら、返信メールが来て、詩に対する感想があった。そして、さらに私が書いた一文を少し変えて詩にして送り返せと言ってきた。

 最初に寄越した詩とは趣を変えた自詩が二篇添えられていた。

 こうしておもいがけなく、見たこともない人と詩の交換がはじまった新年。
 昨年は心理学で頭がいっぱいで、書評も書かず、映画も見ない一年だったが、今年はニコラス・スパークス著『最後の初恋』を読み、同名のDVDもみた。そして竹西寛子著『「あはれ」から「もののあはれ」』を読了。今は小川洋子著『人質の朗読会』を読んでいる。

 それは年賀状が機だった。小学校以来の友人の年賀状に「書評家としてご活躍ください」の一文に発奮したからだった。
 読書熱がまた復活した。ありがとう、友よ!!!
 しかし、新年の挨拶をできない人がいる。それは書評仲間のKさんだ。Kさんは、私が文を書く、書評を書くきっかけを作ってくれた人だ。そのKさんに新年の挨拶ができない。それは昨年ほとんど書評らしいものを書いていないからだ。
 昨日ニュースで留萌本線が雪で運休だという映像が映し出された。留萌本線の終着駅は増毛だ。雪深い増毛の地に思いを馳せ、Kさんへ思いを馳せた。
 そして今、文を書くこと、詩を書くこと、評論を書くことに想いを馳せている。
 おもいがけなく詩友となった見知らぬ人、Facebookの友人たち、カウンセラー仲間、小学校以来の友人、高校からの親友、サンフランシスコ研修で無二の友となった人、書評仲間、瞑想教室の友人たちとのつながりを大切にしたいと思う新年の幕開けである。


 今年は、もっと肩の力を抜いた文を綴って行きたいと思います。