飛翔

日々の随想です

紅い花 他四篇 (岩波文庫)

紅い花 他四篇 (岩波文庫)
ガルシン
岩波書店

 薄い本の中に5編の短編が編まれた本書は著者ガルシンの全世界がある。
 それは道徳心、良心、信念のありかを伝えたものだ。
  「あかい花」「四日間」「信号」「夢物語」「アッタレーア・プリンケプス」の5編。


 「信号」は差し迫った危機状況と悪条件の中、身を挺して多くの乗客を救おうとする線路番セミョーンの決死の心情が胸に迫る。
  故意にレールを外された線路。そこに機関車がやってくる。
>>ああ神様!罪なき人々の命をお救い下さい!祈るひまにも、セミョーンの目にまざまざと浮かぶのは、機関車が左の車輪をレールの切れ目に引っかけて、ぐんと一揺れ、たちまち横へかしいで、まくら木を蹴破り、木っ端みじんに跳ね散らす光景だ。おまけにあすこはカーヴだ。曲がり角なのだ。それに高い土手と来ている。列車はあわやという間もなく、十二三間もの谷底へ逆落としだ。その三等車には、ぎっしりとすし詰めの乗客、なかにはいたいけな子供もいよう。それがみんな今、一寸先の危難も知らずにすわっているのだ。神様、どうすればいいのかお教えください!・・ああ、もう遅い、間に合わない<<


読みながら、迫りくる機関車の轟音が聞こえてくるようで心臓が早鐘を打ってくる。
 人間の良心の在り処(ありか)に涙した作品だった。


 そして印象に残った一編は「アッタレーア・プリンケプス」。
 「アッタレーア・プリンケプスと言う名の南国の植物に託した童話形式の一編である。
 温室に入れられ、青空を慕ってやまないしゅろの運命を比喩として、
無駄だと思っても温室から解放されようとする挑戦。その先にある皮肉な結末に心をえぐられるが、
その苦悩の選択に拍手を送りたくなるのはなぜだろうか?
 美しいもの、正しい事が報われないことへの憤りや哀しみは、時代への憤りでもある。


 無駄だと思っても立ち向かう心。
それが気高い精神であることをガルシンは誰よりも信じていたに違いない。

 

どんなに世界が、社会が汚濁にまみれていたとしても、人間の持っている道徳心や犠牲的な心、信念を曲げずに進もうとする気高さは消えない。
そんな人間の良心にあかりを灯(とも)したのが本作品である。



今、ロシアがウクライナに侵攻し戦争している。
平和なウクライナに領土をよこしやがれとばかりに侵攻したロシア。
時代が変わっても、たとえ独裁者でも、文学や芸術を捻じ曲げることはできない。


 神西清の名訳による本書をご一読あれ。