飛翔

日々の随想です

テンペスト



外は雨も風も強くない。虫の声すらする。嵐の前の静けさか。
 家の中は物音一つしない静寂がある。

一番怖い音。
それは、音の世界を知っている者にとって、何も音のないことかもしれない。
 宇宙のかなたに飛んだ宇宙飛行士はどんな音を聞いたのだろうか?
月に着陸した宇宙飛行士たち。その中の何人かは「神」をみたといった。

 中学生になって遠足で潮干狩りに行った。
 小さな穴から潮を吹いたところを掘ると貝がでてきた。
 面白く、夢中になって貝を採った。貝は生きている。貝は呼吸をしている。
  貝は広い海の白い砂浜に、その生を謳歌していた。

  家に帰って次の朝、貝汁を煮た。
  鍋のふたをあけてみると、貝がふたを突然ぱかっと開いた。
 「死んだ!」 

  私はその日を境に貝を食べることができなくなった。
  貝はぐらぐらと煮えた湯の中で苦しくて固く閉じた口を開く。それは開放であり死である。

  貝のように固い口をもった人の口を開かせるには、煮え湯をのませないと開かないのだろうか?
  残酷なことだ。苦し紛れに開いた口から発する言葉は、死を持ってあがなうものである。
  固い口を開かせるものは何だろうか?

  厚い上着を脱がさせるものは太陽である。一枚、一枚と服を着させるものは北風だ。
  外は嵐。私はテンペストを狂ったように弾く。
  今日貝の口を開いたのは誰?

※各地の被害がないことを祈ります。