飛翔

日々の随想です

空をかついで 石垣 りん

詩人石垣りんさんの訃報を知ったのは今から5年前の暮れのことだった。
詩人・石垣りんの詩は甘ったるい形容詞など無用。
生活に根ざした言葉の切っ先がまっすぐ詩の背骨を貫き、読む者の心にざっくりときりかかる。

くらし

食わずには生きてゆけない。
メシを/野菜を/肉を/空気を/
光を/水を/親を/きょうだいを/
師を/金もこころも
食わずには生きてこれなかった。
ふくれた腹をかかえ
口をぬぐえば
台所に散らばっている
にんじんのしっぽ
鳥の骨
父のはらわた
四十の日暮れ
私の目にはじめてあふれる獣の涙

両親をはじめ家族の暮らしを支えてきた石垣さんは五十歳になって肩の荷をおろし、1DKマンションを購入して一人暮らしをはじめたとのこと。
ぎらぎらと獣のように「食う」ために野太く生きてきた来し方の凄まじさ。ふとそれらをふりかえったときの哀感がとどめをさす。
「りん」という名は「凛」にも通ず。読む者の心と背筋をぴんとさせないではおれない言葉たち。

幻の花

庭に
今年の花が咲いた。

子供のとき、
季節は目の前に
ひとつしか展開しなかった。

今は見える。
去年の菊。
おととしの菊。
十年前の菊。

遠くから
まぼろしの花たちがあらわれ
今年の花を
連れ去ろうとしているのが見える。
ああこの菊も!
そして別れる
私もまた何かの手にひかれて。

切れば血が吹き出そうな言葉を私達に残し、「何かの手にひかれて」旅立たれた石垣りんさん。『詩が書きたくて書きたくて、そのわがままを通すからには人にたよらないで暮らしてゆく道をえらばねば』とその生涯を貫いた。生活という些末な断片を精神の在処(ありか)として丈たかく歌い上げたその心に打たれる。
やわなことをお言いでない!とぴしゃりと背筋をたたいてくれる言葉はもう聞くことができない。