飛翔

日々の随想です

良い本佳い文と善い心持の人


読書子にとって本はなくてはならない友なのである。
 古書店めぐりは楽しみの一つである。
探していた本がひょいと顔をのぞかしているのに出くわすのも嬉しい瞬間である。
 かつて東京の中野の古本屋で店主にこっぴどく叱られたことがあった。
 持参の本をむき出しに小脇に抱えていたという非常識をやらかしたからだった。
 店主はやおら持参の本に鼻先をくっつけて匂いをかぎだした。
 「これはうちの本じゃないな。匂いでわかる」と言って、非常識をこんこんと説教された。
他人に叱られたはじめての体験だったが、なぜかさわやかな気持ちになった。

 古書店の主はひとくせあるじいさまが多かったが、最近では店番しているのはアルバイトのおばさんや兄ちゃんであることが多い。
「この本ずっと探していたんですよ」と言っても黙ってレジを打って黙って袋に入れてくれるだけで、そっけない。

「さみしいじゃないか!古本屋の親父っていうものはねえ・・・」とアルバイトの兄ちゃんに言っても無駄なのである。

 明るいおしゃべりな古本屋さんもいるが、やはりいい棚を揃えてくれている本屋さんが嬉しい。
帰り際に「その本、実にいい本です」などと,ぼそっと言ってくれたりしたら私は飛び上がって喜ぶ。

私の好みの古本屋さんのおやじさんは、おしゃべりでなく、売ろう売ろうとがつがつしておらず、本を大切に扱っている人で、本も人間もこよなく愛する人で、心静かな人がよい。
 がさついている本屋さんはそれだけで落ち着かない。

 しみじみと、そして深々と滋味に富んだ文を書く本好きの人のブログに寄ると私はその日一日、いい本を読んだような気持ちになる。
 また慈しみの心をもった文を読むとその日一日しみじみとなる。
 いい本といい文といい心持の人にめぐりあった日を感謝したい。
ありがとう。