飛翔

日々の随想です

背中の秘密


 貴方は男女を問わず人と出逢ったらどこを先ず見ますか?
 顔、足、足首、お尻、胸・、唇・・?
 すれ違いざまに「あっ」と思わず振り返ってみた経験はないですか?
 それはあまりにも美しい人であったり、ほのかに香る香水の甘さに惹かれてだったり、初恋の人に似ていたからだったり。
 そして去っていく背中に前からでは伺い知れないその人の人生に思いを馳せてしまった経験はありませんか?
 人の姿、前から見える容姿は繕(つくろ)えるものがある。それは化粧だったり、服装という覆いによってフォローされるものだ。しかし、背中は繕(つくろ)えないものをかもしだす。
 「じゃあね」と言って陽気に去って行く人の後ろ姿を何気なく見てはっとすることがある。
 後ろ姿に隠しようのないその人のさみしさがでているのを発見してしまうときだ。
 あるいはその反対に恋している人の後ろ姿は背中までが「笑っている」。つまり全身が恋の喜びに満ちあふれているのがわかる。
 背中とは見えない「心」の在処(ありか)を背負っているものかもしれない。

 男の人の大きな背中を見るのが好きだ。
 大きな安心がそこに宿っているような気がして頬を寄せてみたくなる。
 「いってらっしゃ〜い」と言って見送られる父の後ろ姿は玄関に居並ぶ家族の信頼を背負って頼もしく「かっこいい男」の背中だった。そんなかっこいい父の背中に老いのしみを発見したのは、病床の中だった。あんなに頼もしく、自慢の父が少し小さくなって、娘の私に熱いタオルで拭いてもらっている。無防備な背中が悲しかった。 語り合うことがなかった父と娘。 背中が私に悲しみを伝えるなんて、何と残酷なことだろうか。

 人の背にひそむ「見えない心の在処」
 寛くて大きな背中。
 ある日、そっとあなたの背に頬を寄せてそのぬくもりを感じようとする人がいたならば、あなたの背中に何を感じ取るでしょうか?
 いつかそっと聞いてみて下さい。