飛翔

日々の随想です

『爪と目』

爪と目

爪と目

Amazon

第149回芥川賞受賞作品の書評です。
「わたしは三歳の女の子だった」と唐突に登場する「わたし」。
父の愛人であり、母のミステリアスな死により義母になった「あなた」を見つめる「わたし」の目から物語が展開していく。
父。「あなた」「わたし」あなたの愛人である「古本屋の兄ちゃん」が登場人物であるが、どの人物も薄べったく、体臭や体温が感じられない。
観念的な小説だという印象が強い。

 眼科医院で知り合った「あなた」と「父」。そこからどんな経緯で惹かれあって愛人関係になったかは語られていない。
 「父」という人物像がまるで浮かばない。「あなた」は特に容姿が優れているわけではないけれど、男性の気を引くには十分なものを持っているらしいと語られている。
 
 父が「あなた」に愛情を寄せる描写が薄く、「あなた」は父が妻子がいると明かしても「そんなことはどうでもいいこと」と思う。
「あなた」は「わたし」の第一印象を「動物みたいだ」と思う。
そして「わたし」も「あなた」と同じ種類の動物だと思う。
 他人にまるで興味がないそっけない「あなた」。
植物にも興味がなく「謎の死を遂げた母」の残したブログに載っていた植物を買うがすぐ枯らしてしまう。
子供にも興味も愛情もない「あなた」

 古本屋に前妻が残した本をうることになった場面も不可解極まりない。
 前妻の本はダンボールに入って押し入れにあった。そこには料理本、読まれた形跡がない本、単行本数冊。
 これらをネットで調べて近くの古本屋に売ることになった。
これだけの本のために古本屋が家まで来て査定していく不思議さ。
 しかも、査定に一時間以上もかかる不思議さ。

 料理本、インテリア雑貨の本、読まれていない本と言っても、価値がある本が山のようにあったとは考えられないが、査定に一時間以上もかかったと書かれている怪?
 そしてじきにこの古本屋と愛人関係になる奇天烈さ。

 二人称である「あなた」を主人公として描きつつ、「わたし」の自伝でもある重層的な趣向になっている。
最後のホラーのような「目」に異物を装着する場面がこの物語の「目玉」かもしれない。
この場面をインパクトの強いものとするためにはどの人物も薄べったい輪郭を持つ必要があったのかもしれない。
母のミステリアスな死の伏線が脳裏をよぎる。

 読後は淡々としてなんの感想も浮かばない。
 「面白いかと問われれば面白くもなく、面白くないかと問われればそうでもない」などと漠然と思いがよぎって,ハッとした。
「あなた」の語り口に似てしまったではないか。
 この薄べったい、漠とした空気こそ、この物語を終始覆う肉眼でないコンタクトという異物で見た空気感であり、それにすっかり染まって入り込んでしまった。
 再読したいかと問われたら「ノー」。それが感想である。