飛翔

日々の随想です

詩歌にみる日本独特の色の呼称


四季がある日本は季節の移ろいに情緒をかきたてられ詩歌を詠んだりする。
四季にともない風景の色も移ろうものだ。その色も日本古来の呼称があり音の響きと字面が感興を呼び起こし趣をそえる。
雨の歌と言えば古くは北原白秋が詠った「城ヶ島の雨」がしっとりと哀切にとんでいる。
♪雨はふるふる 城ヶ島の磯に利休鼠の雨がふる
と続くけれど、さて、「利久鼠の 雨がふる」の利久鼠とは何だろうか?
利久鼠(りきゅうねずみ)とは色の名前である。
今風に言うならチャコールグレーと緑を混ぜた色とでも言おうか・・・友禅ネットhttp://yuzen.net/color/gray/rikyunezu.htmに寄れば、
 「緑味のある鼠色をいいますが、利休の名をつけたのは言うまでもなく、織田信長豊臣秀吉の茶頭であった桃山時代の茶人、千利休にちなむものですが、利休が好んだという意味ではなく、抹茶の緑色からの連想で後世の人が名づけたものです」
とある。
では「橡色」とはどんな色?その前に「橡色」って何て読むのだろうか?
「橡色」とは「つるばみいろ」と読む。
橡(つるばみ)はあのクヌギの事。
秋にはどんぐりが出来る。
ドングリの実を煮出して、鉄分を含んだ泥を媒染材として、紺黒色の染料として使ったもの。
これで染めた衣は、庶民のための質素なものだったとか。つまり「紺黒色」。

万葉集から引いてみよう:
・橡(つるばみ)の一重の衣、うらもなくあるらむ子ゆゑ、恋ひわたるかも(作者: 不明)
( 橡(つるばみ)の一重の衣に裏が無い様に、あの娘の心は純真なものだから、よけい恋しくなってしまう)

上記に揚げた利休鼠、橡(つるばみ)色の他に日本古来から呼ばれ名付けられた色の名前を考えてみよう。
銀ねず、金茶、鈍色(にびいろ)、えんじ、深川ねず、濃紫(こむらさき)、消炭(けしずみ)色、古代紫、薄墨色などが浮かぶ。
その中でも濃紫(こむらさき)という色を美しく季節に織り込んだ詩をみてみよう。
五月

五月のいろはこむらさき
されば藤さきあやめさ

桐の花さへさきぬめり
世を偽りのこむらさき

堀口大學詩集より「五月」弥生書房)

このように日本には古来から色に関して味わい深い呼び方があることがわかる。
現代ではこれらの呼称がすたれて英語読みが多い。ブルー、レッド、オレンジ、パープルというように。
字面だけからすると何の感興もわかない。

しかし、濃紫(こむらさき)や薄墨色、鈍色(にびいろ)などは音の響きや眼から受ける色合いがすっと頭に浮かび美しい。
最後に現代の歌人はどんな色を詠っているだろうか。

松村由利子の歌集『薄荷色の朝に』(短歌研究社)から:
・風の変わる予感満つれば薄荷色のTシャツ一枚ベランダに干す

「薄荷色」(はっかいろ)とは懐かしい表現だと私は思った。
しかし、肝心の「薄荷」(はっか)という字を読めない人は多いようだ。
薄荷(ハッカ)というお菓子を昔食べたことがある。淡い緑色をした飴で口に含むとすっと爽やかさが広がる。
いわゆる「ハッカ」である。つまりミントのことだ。
この歌を「薄荷色」とせずに「ミント色」とするとその後の「Tシャツ」と「ベランダ」と外来語(?)が続き、字面の上でも、音の響きも軽くなりすぎて趣がなくなる。
「薄荷色」と漢字にするといい「感じ」(!?)になる。

ことほどさように、日本の詩歌では色の表現は大切であり、漢字本来が持つ眼から受ける印象は重要な位置を占める。
また日本古来の色彩の呼称は趣(おもむき)があり雅(みやび)でさえある。詩歌にみる日本独特の色の呼称について考えてみた。