飛翔

日々の随想です

命を支えるスープ

じっくりと、ことこととお鍋が台所で湯気を立てている。
幸せを絵にするならばそんな風景ではないだろうか?

そんな台所からうまれた滋味豊かな本を紹介しよう。
『いのちを支えるスープ』
いまや著者の辰巳 芳子さんはテレビでもひっぱりだこ。
料理教室に入るには3年待ちという人気ぶり。

あなたのために―いのちを支えるスープ
辰巳 芳子
文化出版局

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この本は添え書きに「いのちを支えるスープ」とあるように「おつゆとスープ」が主の料理本である。装丁はルートヴィヒ・ヒルシュフェルトマック作 ベルリンのバウハウス美術館の許可をえたもので美術書かとみまごうほどの美装。

著者がスープ作りに丹精をこめるにいたったのは、嚥下困難だった父に料理研究家の草分けであった母、浜子さんが飲み込みやすいよう工夫した滋養豊かなスープ作りが発端であったとか。
辰巳さんは序「スープに託す」で、
「人が生を受け、いのちを全うするまで、特に終わりを安らかにゆかしめる一助となるのは、おつゆものと、スープであると確信します」「家庭生活の愛と平和を、おつゆもの、スープが何気なく、あたたかく、守り育ててくれますように」と書いている。

解説は図式にのっとって分かりやすく、時として極上の言葉で埋められていて驚かされる。
「表面がほほえむ程度の煮え加減」とか、だし汁の出来具合を「絹の風合い」などと表し、「冷やしものは感性を磨くよい機会」。火力についての説明は「10の火は1からはじまり、0がある。0は余熱。余熱の計算が出来れば仕事は楽しい。愛の世界にも余熱があるでしょ。「残心」なんて言葉を態度で表せたらね」などと含蓄に富んでいたりする。

スローフードなどと、流行語となる はるか昔から、それぞれの家で、母の愛はじっくりことことと台所のお鍋の中から生まれ育まれてきたのだ。それは愛するものの為に工夫し、一手間も二手間もかけてなされてきたものだ。まさに「あなたのために」であろう。
寒い夜、心づくしの一杯のスープにほっと心も体も温まった経験は誰にもあろう。
母が、祖母が、姑が、傍らで教え導いてくれているようなそんなあたたかい本。
この本は料理の本であるけれど、人の心に滋味をあたえる源のようなきがする。
母から子へ、子から子へと代々受け継がれる味と本と言って良いだろう。