飛翔

日々の随想です

『マーチ家の父』もうひとつの若草物語

 ピューリッツアー賞受賞作である。
 
子供の頃『若草物語』を夢中で読んだことがある。
 本書は19世紀マサチューセッツ州コンコードのオルコット家『若草物語』を下敷きにしたフィクションである。
若草物語』では不在だった父親の一部始終が書かれたものだ。
 しかし、続編ではなく、独立した話となっている。
したがって『若草物語』を読んだことがない人にも話に没入できる。

 南北戦争中のアメリカでの出来事だ。
若草物語』の登場人物一家の父、牧師のマーチが南北戦争に従軍牧師として妻と四人の娘たちを残して戦地に赴く。
戦地から家族に手紙を書くが、悲惨な戦地での実情を妻や娘たちに事実そのままを書くことはない

戦地での出来事と、妻と結婚する前の若かりし頃の出来事を思い出しながら話は進んでいく。
戦地へ赴いたある日、たくさんの負傷兵と共にたどりついたところはマーチがまだ18歳の頃に行商人としてきたときの家だった。
そこで再会したのは黒人奴隷のグレイスだった。
若きマーチは黒人奴隷でありながら洗練された淑女のような言葉と立ち居振る舞い、凛とした姿勢のグレイスに心を奪われる。
しかし、当時の奴隷の扱われ方は、言葉を学ぶことを禁じられ鞭による罰で縛るものであった。
やがてマーチは行商人から牧師になりマーミーと結婚。二人は奴隷制度反対論者同士として結ばれる。

 『若草物語』では描かれなかった父と母の性格が血肉を与えられて描かれていて
若草物語』からにじむあまりにも善良すぎる、うそ寒さはない。
ないばかりか、これでもかとばかりに若かりし日のマーミーとマーチの姿が描かれていて人間臭い両者はかえって親しみを覚える。

 アメリカの南北戦争という歴史の中に置かれた一つの家族の物語でもあるが、その家族の父の個人の成長の歴史でもある。
奴隷制度反対論者であり、牧師でありながら、「理想の為に生き、観念のみで世界を作り上げる」理想論者が過酷な戦地で泥と血と生きるか死ぬかを体験し、
そこから生まれる相克、愛と言うものの存在、肉欲、奴隷制度の実態などが史実にもとづき繰り広げられ、息をもつかせぬ物語構成であった。

 神のように崇高な黒人奴隷と、奴隷解放論者で白人であり、牧師であり、一家の父であるが、まったく地に足の着かないマーチと
火を吹きそうな激情型のマーミーからはあの『若草物語』とは違った人間味がにじんで面白かった。

 人間本来持っている弱さや、強さ、醜さ、もろさ、観念と実際、歴史から掴み取るものなど多くのことが提示されていて、ピュリッツア賞を受賞した作品だけのことはあった。