飛翔

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ジョイスを読む


ジョイスを読む ―二十世紀最大の言葉の魔術師 (集英社新書)

ジョイスを読む ―二十世紀最大の言葉の魔術師 (集英社新書)

6月16日はアイルランドでは「ブルーム デー」なる祝祭が行われる。ジョイス作「ユリシーズ」の中にでてくる主人公ブルームにちなんでの祝祭である。
 「ジェイムズ・ジョイス」と聞くと何を思い浮かべるだろうか?
 アイルランドの難解な作家とおおかたの人は答えるだろう。
 そういう反応からか、ジョイスは敬遠されたり、読んでも途中で挫折したりする。しかし、こうした反応とは裏腹にジョイスは二十世紀最大の作家の一人と評されており、文学的影響力は英語圏にとどまらず多大である。
現代文学の前衛として新しい文体を創り出し、小説形式の革新を図ったジョイスを「難解」というイメージのまま捨てておくわけにはいかない。
本書はそんな「難解」というイメージを覆そうとする「ジョイスを楽しむ」入門書なのである。
大きく三つの章に分けられており
?ジョイスの生涯 ?作品解説 ?ジョイスの文学的評価の構成になっている。
ジョイスの作品に濃厚な影を落とすアイルランド(ダブリン)の時代背景、アイルランドの病巣とも言われている大英帝国の支配、宗教、民族主義を知らずしてジョイスの作品を読むのは難しい。
それらの周辺を分かりやすく簡潔にまとめられており、ジョイス作品への入り口となしている。
次なる案内の回廊を巡ると「ダブリンの市民」「若い芸術家の肖像」「ユリシーズ」の作品解説という広間が用意されており、
難解とされているジョイスの作品の「もつれた糸」をほどくように読み解かれていて著者が最も力点を置いたところといえよう。
中でも興味深かったのはジョイスと同年代であるヴァージニア・ウルフジョイスの作品に辛らつな評価を与えている箇所である。
T・S・エリオットが絶賛したことに動揺しつつもジョイスを「独学の労働者」「青二才」と呼び、『ユリシーズ』を「下品で散漫で価値が低い」と糾弾。
しかしながら彼女の傑作『ダロウエイ夫人』ではジョイスの『ユリシーズ』に多くの類似点が見られ、「内的独白の手法」に多くのヒントを得ているである。
これらの点から考えるとジョイスの文体と革新的な手法がいかに多くの人に影響を与えてきたか、うかがい知れるだろう。
ジョイスの手法は書いては圧縮し、追加しては圧縮の繰り返し。何層にも塗り重ねられる漆塗りのようである。
本書はその第一層を読むような趣がある。
この入門書で頭をほぐしてからとっぷりと本物の「ジョイスの世界」で湯浴みしてはいかがだろうか。