飛翔

日々の随想です

ディナモ ナチスに消されたフットボーラー

ディナモ―ナチスに消されたフットボーラー

ディナモ―ナチスに消されたフットボーラー

バンクーバーオリンピックに沸いている毎日であるが、もう一つの歴史的試合を紹介しよう。
サッカーに関するノンフィクションを紹介しよう。
ディナモ ナチスに消されたフットボーラー』
キエフは歴史上常に争いと占領にさらされた地域である。

ウクライナソ連の「パン籠」と呼ばれるように肥沃な土地を有し侵略者たちの格好の餌食となった。
1941年ヒトラー率いるナチス・ドイツは不可侵条約を破りソ連を攻撃。
ソ連を占領し隷属させる「バルバロッサ作戦」がはじまり、キエフも作戦初日に爆撃を受けた。

本書はキエフのサッカー・チーム「ディナモ・キエフ」の選手たちがナチス・ドイツに占領され、自由を奪われ、飢餓状態のなか、ドイツ軍チームと「勝つことが許されない」試合をし、その後、死の谷に送られるまでの運命を克明に記したノンフィクションである。

ナチス・ドイツウクライナ占領後、キエフ市民を御しやすくするためには従来のスポーツイベントを復活することを思いつく。
スポーツによるプロパガンダの開始である。
ディナモ・キエフ」の選手たちは戦争で傷ついたぼろぼろの体をひきずりながら、一人また一人と集結し「FCスタート」というチームを作り試合をする。
最初は親ナチ派の地元民族主意義者と、次は駐留ドイツ軍チームと、次にはドイツの援軍らと試合をし、それら全て「ディナモ・キエフ」が勝利した。
選手たちは倉庫でみつけた真っ赤なジャージーを身につけ出場。
キャプテンのトゥルセヴィッチは「わたしたちには武器はない。だが、ピッチの上では戦って勝利を得ることもできる」「ファシストたちにこの色を屈服させることなどできないことを思い知らせるんだ」とスピーチ、選手たちは奮い立つ。

彼らの快進撃に意気消沈していた市民たちが勢いづき自信をとりもどしてくる。
ドイツにとって、サッカーの試合はキエフ市民への懐柔策にすぎなかったのが全て叩きのめされ一転。
アーリア系民族は身体的完璧さによってスポーツでも優越性をもつとしたヒトラーは色をなし、ドイツチームは何としても勝利を収めなければすまなくなった。
ついに「勝つことが許されない」試合の日はやってくる。

勝ったら命の保障はない運命の日。5−1で「ディナモ・キエフ」は勝利。
三日後の再戦でも5−3で勝利。
試合に臨む前にナチス・ドイツが提示した条件。
その条件に選手たちがどのように反応し、試合はどのようなものだったかは本書のハイライト。
度肝を抜かされる試合振りは是非ご一読あれ。
その後選手たちは逮捕され収容所に送られ、何人かはそこで殺された。

「勝つことが許されない」試合になぜ彼らは勝つことだけを目ざしたのか。
収容所から生き残ったわずかの選手や試合をみた当時の人たちの証言をもとに描かれた本書はスポーツ・ノンフィクションでもあり、歴史ノンフィクションでもある。

このディナモ・キエフナチス・ドイツ戦、その後の選手の運命は長い間伝説となっていた。
終戦ソ連はこれは伝説のままのほうが都合がよいと詳細を世に出さなかった。
ソ連によるプロパガンダに利用されたわけだった。

ナチスプロパガンダとしてサッカー戦は利用され、敗戦後はソ連側が今度は選手たちをプロパガンダに利用したのだった。
スポーツを政治や民族間の問題、に利用した最悪のケースである。

しかし、選手たちはただひたすら、試合に全力を傾けた。
それはたとえ結果が自分たちの命と引き換えであったとしてもである。

これこそがスポーツの真骨頂。

ディナモ・キエフ」の選手たちがみせた死をも恐れない「誇り」はすがすがしい読後感をあたえる。