台所からほの暗い恋の川柳をうたった主婦がいた。
俳句と言うほぼ同じ詩形をもつ川柳だからこそ一首が輝いた不倫の歌。
『有恋夫』を書いた時実新子。
俳句だと品格が落ちてしまいがちな句を、川柳にすると、生き生きとしたものになる不思議。
・熱の舌しびれるように人を恋う
・ぬけがらの私が妻という演技
・しあわせをひょいと感じるゴマがはぜ
・てのひらで豆腐を切って思慕を断つ
・まみどりに菜を茹で罪から逃れよう
・愛から戻り魚を焦がす裏表
時実新子は結婚生活を次のように言っている。
(結婚生活の地獄はあくなき暴力にあったのではなく、最後まで夫を好きになれなかったことだ)と言っている。(『再婚ですが、よろしく』海竜社から)
・逢うて来て素麺の束ほぐすなり>
不倫をして帰ってきた台所で素麺の束をぱらりとほぐすときの心境はぞくっとするほど鬼気せまる。
一家のほのぼのとした愛がはじまるはずの台所で、一人の主婦が不倫の恋のほてりをさましながら夕餉のしたくをしているかとおもうと、ぞぞぞぞとするが、一方、その感情をぶつけるように一句にしたためるというこの文藝のすごさというものにも感慨深いものがある。
「不倫」と言う言葉が大手を振ってあるくようになった昨今の風潮のさきがけのようなものを作った人か?川柳というジャンルに一風変わった空気を入れた人かもしれない。
さて、わがやの台所では何が煮えているだろうか?
恋の火種はどうやらないようなのが悔しい。