飛翔

日々の随想です

『戦争絶滅へ、人間復活へ――93歳・ジャーナリストの発言』

むのたけじ氏の話を黒岩比佐子さんが聞き手になってまとめた『戦争絶滅へ、人間復活へ――93歳・ジャーナリストの発言』(岩波新書)の5刷が決定したとのこと。5刷ということはそれだけ多くの読者の要望が強いことを表わしている。そこで先回の書評を再度載せたいと思う。

戦争絶滅へ、人間復活へ―九三歳・ジャーナリストの発言 (岩波新書)
むの たけじ,黒岩 比佐子
岩波書店

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 敗戦の日に戦争責任をとる形で朝日新聞社を去った著者「むのたけじ」は、今、その選択を悔いる。残って「本当の戦争」を伝え直すべきだったと。朝日新聞社を辞めたあと、著者は横手市に居を移し、1948年に「たいまつ」新聞を発足させ週間新聞『たいまつ』を創刊。地を這うような苦難の時代を経て全国各地へ購読者は広がった。
 その現役ジャーナリストも90歳を越えた。戦前・戦中・戦後を生き抜いてきた「時代の証言者」の彼に今のうちに聞いておかねばならないとインタビューをし、まとめたのはノンフィクションライターである黒岩比佐子である。
 彼女の率直な疑問に答えるべく「従軍記者としての戦争体験」「敗戦前後」と「憲法九条と日本人」「核兵器のない世界へ」「絶望の中に希望はある」など章立てて語っているのが本書である。
 戦争責任を取って朝日新聞をやめた「むのたけじ」がなぜ「朝日をやめるべきではなかった」と今になって悔いているか?
 それは2005年、敗戦60周年の記念として琉球新聞が作った『沖縄戦新聞』を見たからだった。戦争中は絶対書けなかった内容を新聞にしたものだった。むのたけじはこう思った。
 戦後、すぐに「本当の戦争はこうでした」と読者に伝えて、お詫びをすべきだった。そうすればみんながもっと戦争のことを考えたでしょうし、敗戦から今日に至るまでの日本の新聞の報道の態度もまるっきり変わったと思うのです。
 東北地方にあって個人新聞「たいまつ」を作り続けて30年、「草の根」活動として全国を講演した回数3000以上。日本の良心ともいうべき人がむのたけじである。この本の中で最も印象的だったのは第二章の「従軍記者としての戦争体験」である。戦争映画や小説の中で戦争が描かれることはあっても実体験による生の戦争現場における人間の心理、狂気と麻痺の状態がなまなましく語られることはなかった。それは戦場というものが人間を狂気にし、その狂気を麻痺させないでは生きていられないからである。そんな体験を誰も語りたがらないからだった。だからこそ、みんなはこの「戦争」の狂気を、真実のあるがままの姿を知る必要があるのだ。
 机上論として、理想論としての戦争廃絶などではない。
 最後に語り手としての思いの章で「むのたけじ」はこういっている:
  この本をすらすら読み進むのでなく、曲がり角や要所で立ち止まってほしい。彼はここで三丁目に進んだ。私なら一丁目に行く。彼が一丁目や二丁目に背をむけたのはなぜだったか。(略)
 と言った具合にあなたの生活のまな板に本書、すなわち「むのたけじ」を載せて包丁の背で存分に叩いてもらいたい。こういう叩き読みで学べば、生きるという動詞に真に値する生活力が鍛えられ、高められるのではないか。

 ノンフィクションライターである黒岩比佐子のインタビューの仕方が素晴らしいこともあいまって本書は実にわかりやすく、淡々と気負うことない語り口で「むのたけじ」という人間と「戦争絶滅へ、人間復活へ」の道にたいまつがともされた本であった