飛翔

日々の随想です

植草甚一コラージュ日記〈2〉ニューヨーク1974

4年前の9月。
ニューヨークのカーネギーホールで演奏する機会に恵まれた。
演奏の翌日街を歩いていたら、「あ!昨日カーネギーホールで演奏していた人だ!」と言われた。
もーそれだけで晴れがましい気分になったものだ。

ニューヨークの本屋という本屋をめぐって買いに買ったりの日々をすごしたあのかっこいいおじさん、植草甚一のニューヨーク日記を紹介しよう。

植草甚一がフジ色のスーツに同系色のネクタイをしめてニューヨークの五番街を闊歩する姿を想像してみて下さい。
美しいニューヨーカーが「失礼ですが、あの方はどういう方ですの?ヒー・イズ・ソー・キュート」と挨拶し、「あのセンスでもう四十年若かったら、ヴォーグのベスト・ドレッサーのページに必ず登場させられるわよ」と女店員にささやかれたのが植草氏そのひとだ。
そう言われたのは今から30年も前、御年64歳、初の海外旅行だというのだからたまげてしまう。
本書は植草甚一が行く前から隅から隅まで熟知していたというニューヨークでの生活を記した日記である。
読むほどに洒脱で気遣いに溢れた植草甚一の生き様に惹き込まれていく。
五番街、セントラルパークに面した高級ホテル、プラザ・ホテルの八階に投宿。後に有名な書店、質の良い古書店に近いグリニッジ・ビレッジにホテルを変える。
日本での行動と同じように毎日、NYをすいすいと泳ぐように縫うように歩き古書店を巡り買いまくる。途中気に入ったアンティークでアクセサリーを買い、彫刻や小物を求め、コラージュを描く。立ち寄る店ごとに店主と仲良しになり気心を通い合わせる植草氏。
NYの古書店を朝から夜遅くまで巡って日本では手に入らないものを買って、買って、かいまくり、およそ1500冊以上買ってしまうのだから度肝を抜かされる。そして行く先々の本屋の親父との会話はまるで神保町あたりの本屋のおやじとの会話そのまま。「あの方はどこに何があるのか、なにを捜しているのか、ちゃんとご存じなのですよ」といわしめる。さらに痛快なのはビジネスマンや観光客相手の本屋でメリンダ・ポファムという作家ものを注文して本屋を驚かせたり、評判ものの本を店主が薦めるとすでに9冊も入手済みで店主をがっかりさせ、その通ぶりはニューヨークの本屋も舌をまくばかり。
読めば読むほど植草甚一のかっこよさに惚れてしまう。
銀行に出金する際、手間をかける女の子にはチョコレートを手みやげにちゃんと持っていく気配りとダンディーぶりはどうだろう!お世話になる人に何をあげたら喜ぶか常に頭をめぐらせるJ・J。
ダウダー・アンド・パインという格式のある古書店に11日間通って300冊以上買い、20万冊に目を通したという植草甚一
そんな様子がくまなく読めるこの日記。面白いうえに、極上のコラージュがどのページにもあるのだから恐れ入って勿体ないくらい。
植草甚一を知らないですぎてしまうのは大きな落とし物をするようなものかもしれない。
落とし物を取り戻す喜びはその価値をあらためて認識して愛おしむ作用を生むものである。
洒脱とは植草甚一のこととみつけたり。