飛翔

日々の随想です

『草のつるぎ』と『一滴の夏』

先月外耳炎になって市民病院へ行った。  
 予約先行なので突然行っても待たされる。待たされること、何と三時間!!!

 その間に小説『草のつるぎ』野呂邦暢著(文春文庫)の中の第一部「草のつるぎ」を読了できた。
 野呂邦暢向田邦子が愛した人だといわれている。正確には野呂の文をこよなく愛したということだが。待たされたということも忘れて読みふけった。
 この作品(第一部「草のつるぎ」は第70回芥川賞受賞作品である。
 とここまでは先月の話。

 今日はまたこの市民病院の耳鼻科へ出かけた。外耳炎がまだなおらないから。
 待たされること三時間!

 今度もまた野呂邦暢著『一滴の夏』集英社文庫)を読了。
 市民病院の耳鼻科には野呂邦暢が適しているのか?
 三時間の間、周りの音も病院内だということも忘れて野呂邦暢の世界に没入。

 無駄をこれだけそぎおとして書ける作家は少ないだろう。
 『一滴の夏』の中には表題作を含めて短編が7つおさめられている。
 野呂が描く青春のどす黒く、凶器をはらみ、あやうい心の動きが映像をみるようにうごめく。こんなタッチの作品は初めて読むような気がする。無駄な描写がことごとくそがれて文字の中にリアルな画像が張り付いているようだ。それは鬱屈したかたまりであり、青春というやりきれない黒々としたもの。
 
 またゆっくりと感想を書くとして病院で待たされる間の鬱屈は青春のそれとシンクロした三時間だった。