飛翔

日々の随想です

見知らぬ子へ


丸一日降り続いた雨がやんだ。
 寒いので炬燵をだした。まだ早いといった本人が真っ先に温まっていた。
 こんな詩が炬燵の代わりに私を温めてくれた。


見知らぬ子へ

               辻征夫

何だかとてもおこりながら
すたすた歩いて行くおかあさんのうしろから
中学に入ったばかりかな? 女の子が
重い鞄をぶらさげて
泣きながらついて行く

ときどき振り向いて
いいかげんにしなさいと
おかあさんは叱るけれど
悲しみは泣いても泣いても減らないから

やっぱり泣きながらついて行く

あんなにおおきな悲しみが
あんなにちいさな女の子に
あってもよいのだろうかと
とあるビルからふらりと出てきた
男の人がかんがえている

そのひとはね ちいさいときに
とても厳しいおかあさんがいて
男の子は泣くものではありません!て
あまりたびたび叱られたものだから
いつも黙っている 怖い顔のひとになっちゃたんだ

そのひとは(怖い顔のままで)
きみのうしろ姿を見ていた
それから
黙ってきみに呼びかけた
振り向いて ぼくをみてごらん!

涙でいっぱいの まっ赤な眼で
もちろんきみは振り向いて
黒々と立っている 見知らぬひとを見たのだけれど
そのひとが 黙ったまま
こう言ったのは通じただろうか

もうだいじょうぶだよ
なぜだかぼくにもわからないけれど
きみはだいじょうぶだとぼくは思うんだ
でも泣きたいときにはたくさん泣くといい
涙がたりなかったらお水を飲んで

泣きやむまで 泣くといい

(『一編の詩があなたを強く抱きしめる時がある』水内喜久雄・編 PHP)より