飛翔

日々の随想です

へちま襟のチョッキ


  年の離れた従姉(いとこ)は美人で女優をしていた。売れない女優と云うのはいつも貧乏だ。小遣いがたりなくなると、父の会社に電話をかけてきて、お昼をご馳走になり、家に来て泊まって行った。
 子供心にも美しくみえた従姉は憧れの的。彼女は、手ぶらではきまりがわるいのか、お土産に必ず手作りのものを持ってきた。いらなくなった菓子箱にきれいな布を貼ったものだったり、ハギレで縫ったポシェットだったり、海で拾った貝に糸を通したネックレスだったりした。魔法がかかったようにそれらは美しく見えた。
 手作りのものは世の中に一つしかない素敵なもの。捨ててしまえばそれで終わりの菓子箱も綺麗な布を貼ると宝石箱に変身した。
 憧れのお姉さんがミュージカルに出るというので観に行った。
 楽屋へ行くと汚らしい格好のおばあさんが出てきた。それがお姉さんだと分かるまでに随分時間がかかった。わかったとたん、私は「わっ」と泣いてしまった。
 捨ててしまうような箱を宝石箱に変身させてしまうお姉さんは、おばあさんにも変身してしまう魔法使いだった。
 従姉妹に影響されて以来、包みをあけたとたん、ぱっと目が輝いて人を幸せにするようなものを作ってみたいと思うようになった。
 魔法の力が足りない私は、腕をあげようと作品を作り続けた。ピアノカバーはフランス刺繍をし、ベッドカバーはレース編みをした。三年かけてダンツウじゅうたんも作った。タオル地でダックスフンドのぬいぐるみを作って部屋に置いた。気がつくと父がダックスフンド胴長部分に頭を乗せて昼寝をしていたこともあった。
 一回り以上年の離れた姉の子が保育園に通う頃のことだった。この姪に白い毛糸でセーターを編んだ。胸の部分に可愛いデザインの刺繍をすることにしたが、いい図案が浮かばない。そこで、姪にトレーシングペーパーの上に好きな絵を描いてもらうことにした。
 白いセーターの上にトレーシングペーパーを乗せ、その上から描かれた通りに刺繍した。
 愛らしい図柄のセーターが出来上がった。姪は自分の絵がセーターの胸にあるのがよほど嬉しかったのか、普段着にも、よそ行きにも着て愛着した。
 私が婚約をし、両家が我が家にそろって歓談をした日のことだった。やや緊張した空気の席に姪が入ってきて、私のひざの上にちょこんと座った。
 突然何を思ったのか、姪が、
 「これ、ロコおばちゃまが、作ってくれたの」
 と言って、着ていたセーターの胸を誇らしげにみんなに見せた。
 白いセーターの上には「女の子と犬と花」の刺繍が明るい色で浮かび上がっていた。
 緊張した席が急になごんだ。
 「どれどれ、近くに来てみせて」
 と、婚約者の母上が声をかけ、彼の妹が、
 「可愛いわね」 
 と言った。
 誰が教えたわけでもないのに、突然の姪の言葉に席がなごみ、思わぬところで、私の点数があがったのだった。
「いつか、包みを開けたら、ぱっと目が輝いて人を幸せにするようなものを作ってみたい」
 と、ずっと思い続けてきたが、人を幸せにすることは出来なかった。しかし、人をあたたかくすることはできた。
 病に倒れた父が最後まで着ていたのは私が編んだヘチマ襟のチョッキだった。
 「背中と襟元が寒くて仕方がなかったけれど、これであたたかくなった」
 余命いくばくもない父の言葉に私はむせび泣いた。
 やせ細った父の襟元を温めた手編みのチョッキは、やがて父の形見として私の手にもどってきた。