飛翔

日々の随想です

読書亡羊


ブログを書く時間をさいて、読書に専念している。
 長編を読了したが、その余韻を二、三日味わっている。書評をすぐ書く習慣だったが、余韻を熟成させている。頭の中で、読み終わったページをまた最初から繰っている。読後の楽しみは案外こんなところにあるのかもしれない。本によりけりだが、次の新しい本に向かうこともあるが、いつまでも読後感にひたって自分の世界に閉じこもることもある。
 書評家や、評論家は、そんなことをやっている暇はない。次々と新しい本を読み、書評を書き、評論をする。しかし、幸いなことにわたしはそんな仕事をしていないので、じっくりと一冊を堪能し、読後感にひたり、しばし、思いにふけることができる。読書する楽しみを満喫している。
 自分の好きなことを仕事にできるのは幸せなのではないかと思うが、それを生業(なりわい)にするというのは、別のかせをはめられることになる。
 趣味は損得ではなく、金銭の多寡(たか)というあしかせもないものである。もっぱら自分の愉しみに時を忘れるものだ。
 『荘子』に「読書亡羊」という言葉がある。羊を放牧していた男が、読書に夢中になってしまい、羊がどこかへ行ってしまったという意味である。
 今日も本を読む楽しみに時を忘れた。
 まさに読書亡羊。